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洲へ下向す義教時に歳四十八太政大臣を贈
らる普廣院と号す善山と称称
正長元年より今年まで治世十四年管領細川右
京太夫持之畠山左衛門督持國大内介持世等
以下相談し義教の子義勝をもりたて主君とす時
に僅に八歳なり細川讃岐守持常赤松伊豆守貞
村武田大膳太夫信賢を大手の大將とし山名
右衛門督持豊同修理太夫教淸同相模守教之
を搦手の大將とし播刕に發向し満祐父を誅
罰せしむ持常満祐と中よかりしゆへ進攻す 八
月綸旨を播刕の寄手に賜て満祐を誅せしむ
同月義勝從五位下に叙す 九月山名持豊教