翻刻
【右丁】
おもふまじけれ共 僅(わづか)のあたひて荒布(あらめ)やひじきをかふをばむだのやう
に思ふやからもあらんがそれは昔の大 飢(き)きんのはなしもきかず其
書をも見ぬやからなれば左もあるべき事也享保十七年のきゝんには百
両の金をば首にかけて居(ゐ)ながらくひものなければ詮(せん)かたなくして途(と)
中にて飢死(うゑじに)せし人もあり又こゝろがけよきは毎年秋の末に里芋
をかりとる節 茎(くき)をば皆 干(ほし)あげて貯へ又きりすてし芋の葉を
ものこさずとりあつめおき青天に庭へひろげほしあげ家内中かゝり
てもみこなし其葉を紙袋にいれてしまひしをところの人々袖ひ
きおふて笑ひしが其翌年大きゝんにて人々 飢(うゑ)をしのぎかねしに
此農家ばかりは右の芋の葉へ雑穀とうをまぜて食せしゆゑきゝん
の大患(だんくわん)をものがれ其上笑ひし人々の家へも此芋の葉をおくりければ
皆手を合してをがみしとなり同じ人のうちにもこゝろがけよきはか
【左丁】
くの如し今さしみで酒をのみうなぎでめしをくひたればとて
一日の飢(うゑ)をしのぐたしにもならず只わずかの中の口中を喜(よろこば)す迄の
ことにしてそれは常のことなり今 非常(ひぜう)のときにあたり米穀(へいこく)高直な
るを知りながら其こゝろえをせぬは冥理(みやうり)を知らぬといふもの也何ほどの
豪傑(がうけつ)勇士(ゆうし)たりとも食類なきときは一日もかなはず韓信は漂母がにぎ
りめしに飢をしのぎて命をつなぎ最明寺(さいみやうじ)は常世(つねよ)が粟めしに空腹(すきはら)の
難(なん)をのがれしときけり僅一 飯(はん)を乞ふて命をもすてんといへる人さへ
あるに其命をつなぐ手あてのできぬといふはおのれ〳〵のこゝろがけ
のあしきゆゑなり相応(さうおう)にたちまはる家にては一日に百や弐百の銭はむ
えきのことにもつかへり其 無益(むえき)をはぶき其 價(あたひ)にて何にても貯へおきなば
たとひ大きゝんにあふとも飢死(うゑじに)するほどのことにはあるまじ又いろ〳〵貯
へおきて其うれひなく年々豊作うちつゞかば此上もなき幸ひ其