翻刻
【右丁】
節はまづきものをくふ迄のことにて少しも損毛(そんまふ)にかゝはりたることは
なし迚(とて)も豊年にも貯へものを心がけ非常のときの備へにせんとする
ことこそ一ㇳ通りの暮しにては出来ねど今眼前米直段高きを
しりつゝ其かてになるべき品を貯へざるは一向に心を用ひぬといふもの也
一日に豆壱合つゝ貯へても一ヶ月には三升一年には三斗六升なり豆壱
合の直段拾弐文と見て一ヶ月に三百七拾弐文なり何ほどとぼしき
くらしにても一日に拾弐文つゝのたくはへのできぬことはあるまじ
ければよく〳〵工夫して飢(うゑ)をたすくる品をこゝろがくべきことなり
○助気延命丸(じよきゑんめいくわん)《割書:家|方》此くすりは余が先祖 隠軒(いんけん)の製する処にしてこ
れ迄人の危急(ききふ)を救(すく)ひしこと其かずあげてかぞへがたし効能の経験末に
精(くは)しく記しぬれば用ひ見て其 霊薬(れうやく)たるを知るべし隠軒(いんけん)は元禄十七
年甲申の正月廿五日卒す今天保四年をさること百三十年の昔也医
【左丁】
を業(げふ)とすること余に至りて七世 豚児(せがれ)時習(ときかつ)にいたる迄八世 往々(わう )人の知る処也
崴甤(ゐずゐ)大棗(たいさう)《割書:各四|銭》茯苓(ぶくりやう)《割書:六銭|》参葉(じんえふ)《割書:十五銭|》 右四味製法口伝たりと
いへども世のため人のためなれば精(くはし)くしるす先参葉十五匁へ水壱升入弐
合にせんじつめかすをさり其中へ崴甤.大棗.茯苓.の三味を極末にして
入れ又別に大麦二合 黒胡麻(くろごま)壱合をいりあげ細末となしよきほどに
いれてこねること世俗団子を製するに同し此麦と黒胡麻には分量なし
いかにもかたくこねあげて其中へ米の粉を糊(のり)に煎(に)てほどよくいれよく
〳〵煉(ね)りて無槵子(むくろじ)のおほいさに丸しそれを押つぶして碁石の如くし
て日にほしかはきたるときとりあげて貯ふべし
銀雞云此延命丸の原方(げんはう)は朝鮮人参(てうせん )の入たる方なれ共朝鮮参は價(あたひ)高
料にしてなか〳〵施薬(せやく)には用ひがたしよりて安永年中に余が祖父玄宿参
葉にかへて用ふることを工夫して家に貯へ多くの人にほとこし旅薬と名