翻刻!江戸の医療と養生

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日ごとの心得 - 翻刻

日ごとの心得 - ページ 6

ページ: 6

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【右丁】 遠(とほ)くは五十年をばすぎじ実(まこと)にこれ人間(にんげん)一生 涯(がい)の患苦にして此時にな りては 死生(しせい)の二ッは食物の手あてのあるとなきとによる事なりされば 常に食する処の三度の飯(めし)も空腹(くうふく)になきまでに食し飽(あく)までに食せ ずして少しづゝもくひ延(のば)すやうにこゝろがくることこれ天道(てんたう)への御奉公に して国恩(こくおん)を報(はう)ずるの壱つなり 公(おほやけ)よりは米穀(べいこく)高直(かうぢき)なれば都下(とか)困民(こんみん) の難渋(なんぢう)あらんことをおぼし召(めさ)れ御救(  すく)ひ米(まい)をくだしおかれ命(いのち)をつながせ 給ふありがたさを各 骨身(ほねみ)にこたへて忘るべからずたとへばいさゝかの食物 たり共えゑう【注】がましきくひものはかたくつゝしみ只々家業 お情おこたらざるやうに心がくること肝要なり     昔より飢饉(ききん)たび〳〵ありし年数 寛永十九年 壬午(みつのえむま) 飢饉(ききん)      天保四年 癸巳(みつのとのみ)迄百九十二年 延宝三年 乙卯(きのとのう)  きゝん      同 四年癸巳迄百五十九年 【左丁】 享保十七年 壬子(みつのえね) きゝん      同 四年癸巳迄百二年 宝暦五年 乙亥(きのとのい)  きゝん      同 四年癸巳迄七十九年 天明三年 癸卯(みつのとのう)  きゝん      同 四年癸巳迄五十一年  寛永十九年より延宝三年迄の間三十三年  延宝三年より享保十七年迄の間五十七年  享保十七年より宝暦五年迄の間二十四年  宝暦五年より天明三年迄の間二十九年 右 挙(あぐる)る所 《振り仮名:飢きん|き  》の難(なん)かくの如し又 安徳天皇(あんとくてんわう)の養和(やうわ)の頃きゝんうち つゞきて人民おほいに苦しみし事長明が方丈記(はうぢやうき)にしるせり其時のありさま 天明三年のきゝんのやうすによく似たりと穂立手引草(ほたててびきくさ)にいへりさて天 明のきゝんのことは鈴木之徳が農喩(のうゆ)にくはしく載(の)せてあれは今其一二を えらんでこゝにいはん上州新田郡の人に高山彦九郎といひしあり奧 【注 正しい表記は、「ええう(エヨウ)」=栄耀】