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前(まへ)は。三日(みつか)三夜(さんや)のうつゝぜめにつかれはて。おぼえずねふれば。道犬(だうけん)耳(みゝ)のはたに
大鼓(たいこ)をならして。ねふりをさまさせ。しばしのうちもねふらさず。夢(ゆめ)幻(まぼろし)の
世(よ)の中(なか)に。夢(ゆめ)も見せぬぞ哀(あわれ)なる。道犬(だうけん)眼(まなこ)をいからし。いかにいてふの前(まへ)どの。月(つき)
若(わか)どのゝゆくへ。しらぬ事はよもあらじ。とく〳〵白状(はくじやう)しめされよ大殿(おほとの)の
厳命(げんめい)なれば。とてものがれぬ処(ところ)ぞと責(せめ)とへば。いてふの前(まへ)瞼(まぶた)おもげに。目(め)を
ひらきて。苦(くる)しげに息(いき)をつき。かくやすみなき責(せめ)にあひ。夜(よ)とも昼(ひる)とも
おもほえず。夢(ゆめ)か現(うつゝ)か寝(ね)てか醒(さめ)てか。わかたざるこゝちすればいかばかりいと
をしと思ふ我子(わがこ)にても。。ありかさへしるならば。うつゝのうちにいはでやは。いかでか
つゝみかくさるべき。推量(すいりやう)してよ道犬(だうけん)と。のたまひつゝも又ねふれば。又 大鼓(たいこ)を
打(うち)て目(め)をさまさす。ねふれば打(うち)うてば醒(さめ)。水責(みつぜめ)火責(ひぜめ)にあふよりも。はるかに
まさる責苦(せめく)なり。傍(かたはら)より蜘手方(くもでのかた)。小膝(こひさ)をすゝめてちかくより。いまだ
わづかに三日(みつか)三夜(さんや)の責(せめ)なれば。まこと現(うつゝ)にはならぬとおぼし。ながき責(せめ)をうけん
より。つひ一言(ひとこと)白状(はくじやう)せよ。此うへにもいはずは。骨(ほね)をひしぎ肉(にく)をさきても。いは
さでやはあるべき。いでいへいで荅(こた)へよとて。角(つの)なき夜叉(やしや)のさまなして。くらひつく
べき形勢(ありさま)なり。いてふの前(まへ)顔(かほ)をあげ。いかほどにのたまふとも。しらぬ事はせん
すべなし。只(たゞ)此うへは片時(へんし)もはやく。殺(ころ)し玉ふが情(なさけ)ぞとて。さめ〴〵と泣(なき)玉ふ。紺(こん)
青(じやう)の髪(かみ)すぢも。こぼるゝまゝにとりあげず。顔(かほ)さしいるゝ襟(ゑり)もとに。つたふ涙(なみだ)の
白玉(しらたま)は。夷(ゑびす)の国(くに)の胸装(むなかざり)を。目前(まのあたり)見るこゝちして。哀(あわれ)などいふもおろか也。蜘手方(くもでのかた)
声(こゑ)あらゝげ。あなしぶとき女めかな。とても本性(ほんしやう)にては白状(はくじやう)せまじ。いつまでも
手(て)をゆるめず。責(せめ)つからして現(うつゝ)のうちにいはすべし。道犬(たうけん)大鼓(たいこ)打(うて)〳〵と下知(げぢ)する
にぞ。道犬(だうけん)かしこみ候とて。耳(みゝ)のはたにさしつけて。鼕々(どう〳〵)と打(うち)ならせば。いてふの
前(まへ)の身にとりては。修羅(しゆら)の大鼓(たいこ)にことならず。一百(いつひやく)三十六 地獄(ぢごく)。品(しな)かは