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殊勝(しゆしやう)にきこえけり。又平これを聞(きゝ)つけて。庭(には)におり立(たつ)折(おり)しも。軒端(のきば)に
通(かよ)ふ松(まつ)の風(かぜ)柴(しば)の折戸(おりど)をひらきければ。外(と)の方を見やるに。笈(おひ)をせほひ
錫杖(しやくじやう)をつきて。回国(くわいこく)の修行者(しゆ やうじや)とおぼしきが。まどほにかこふ竹垣(たけがき)の葎(むぐら)
のうちにたゝずみぬ。又平ちかづきていはく。けふしも同胞(はらから)の亡霊(なきたま)をまつる
べき志(こゝろざし)のあるに。修行者(しゆきやうじや)のおはせしこそ幸(さいはひ)なれ。かゝる荒屋(あばらや)にははべれども。
今宵(こよひ)は我家(わがや)に一宿(いつしゆく)し。終夜(よもすがら)回向(ゑこう)して玉はれかし。味(あぢ)なくはおぼされんが。所(ところ)
がらの志賀大根(しがたいこん)蜩大豆(ひぐらしまめ)。麁抹(そまつ)の斉(とき)を供養(くよう)せん。あながちにとゝめ申すと
いひければ。修行者(しゆきやうじや)打聞(うちきゝ)て。そはかたじけなし。いまだ時(とき)も八ツに過(すぎ)ずとおぼ
ゆれば。石部(いしべ)の報謝宿(ほうしややど)までもと思ひつるが。朝(あした)の雲(くも)夕(ゆふべ)の霧(きり)一所不住(いつしよふじう)の
身(み)のうへなれば。いそぐべき旅(たび)にもあらず。殊(こと)に亡人(なきひと)の志(こゝろざし)とあればもだし
がたし。しからば御報謝(こほうしや)にあづからんかといふにぞ。又平いざ〳〵とてむかひいれ。
苔井(こけゐ)の水(みつ)に足(あし)そゝがせ。八幡円坐(やわたゑんざ)をしきまうけて何くれともてなせば。修行(しゆきやう)
者(しや)喜(よろこ)び。憂世(うきよ)をはなれし閑居(かんきよ)の体(てい)。おくゆかしく候といへば。又平は囲炉裏(ゐろり)に
不灰木(すくも)うちたきつゝ。尾羽打(をはうち)からせし浪人(らうにん)の侘住居(わぎずまゐ)。お宿(やど)申すもはづかし
さよといひて。信楽焼(しがらきやき)の天目(てんもく)に。茶(ちや)の香(か)もうすき手煎(てせん)じを。心(こゝろ)ばかりのもて
なしにて。四方山(よもやま)の話(はなし)さま〴〵にかはりて。立山(たてやま)の地獄(ぢごく)ばなし。熊野詣(くまのまうで)の幽霊(ゆうれい)
のさかしまにあゆむことなど。ものがたるを聞(きゝ)つゝ。時(とき)をうつしけるがやゝありて又
平 仏壇(ぶつだん)にみあかしたて。麁抹(そまつ)の斉(とき)を調(ちやう)ずるあひだ。こゝにて御回向(ごゑこう)くだ
されかしといひておくにいりぬ。修行者(しゆきやうじや)は仏壇(ぶつたん)にむかひて鉦(かね)打(うち)ならし。南無(なむ)
幽霊(ゆうれい)頓証仏果菩提(とんしやうぶつくわほだい)南無(なむ)あみだ仏(ぶつ)〳〵と。一心不乱(いつしんふらん)にとなへけるが偶(ふと)仏壇(ぶつだん)の
うちを見れば。白木(しらき)の位牌(ゐはい)に刃誉妙剣信女(にんよみやうけんしんによ)長禄(ちやうろく)二年 戌寅(つちのへとら)三月五日
としるしあり。修行者(しゆきやうじや)これを見て思ひけるは。かの法名(ほふみやう)のうちに刃剣(にんけん)の