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大に喜(よろこ)び夫(それ)きはめて興(きよう)あらん。急(いそ)ぎ催(もよほ)すべしと命(めい)じければ。皆(みな)々かし
こみ候といひて退(しりぞ)き。つぐる日(ひ)彼(かの)藤波(ふぢなみ)。ならびに囃方(はやしかた)を召(めし)よせ。山(さん)三郎を
くわへて。乱舞(らんふ)俳優(わざおき)をさせ美々(びゞ)しく酒宴(しゆえん)をまうけて。大に興(きよう)を催(もよほ)し
けりかくて山(さん)三郎 藤波(ふぢなみ)かわる〴〵。種々(くさ〴〵)の舞(まひ)ありて後(のち)。酒(さけ)□(たうべ)の乱足(みだれあし)。西寺(にしでら)
の鼠舞(ねずみまひ)。無力(ちからなき)蟇(かいる)。無骨(ほねなき)蚯蚓(みゝず)の道行(みちゆき)ぶり。福広聖(ふくわうひじり)の袈袋求(けさもとめ)妙高尼(みやうかうに)の
繦緥乞(むつきこひ)などいふ。両人(りやうにん)立合(たちあひ)の俳俳優(わざをき)ありて笑(わら)ひを生(しやう)じ。終(をわり)にいたりて藤波(ふぢなみ)。
男舞(をとこまひ)といふ秘事(ひじ)を舞(まひ)ぬ。これは昔(むかし)後鳥羽院(ごとばのいん)の御宇(ぎよう)。通憲(みちのり)入道(にうだう)。讃岐(さぬき)
の磯(いそ)の前司(ぜんじ)といふ女(をんな)に。伝(つた)へたる舞(まひ)なり。金(きん)の立烏帽子(たてゑぼうし)。白(しろき)水于(すいかん)に紅(くれなゐ)の
大口(おほくち)はき太刀(たち)をおびて立舞(たちまふ)さま。誠(まこと)是(これ)。沈魚(ちんぎよ)落雁(らくがん)。羞月(しうけつ)閉花(へいくわ)の容(かたち)
あり。ひるがへす袖(そで)は鸞鳳(らんほう)の舞(まふ)にひとしく。歌(うた)うたふ声(こゑ)は頻伽(びんか)の囀(さへづる)がごとく
なれば。皆人(みなひと)感(かん)にたへ。奇妙(きみやう)の舞妓(まひひめ)やと。賞嘆(しやうたん)の声(こゑ)しばらくはやまざりけり。
此時(このとき)より桂之助(かつらのすけ)藤波(ふぢなみ)を恋(こひ)そめて。病(やまひ)はいづくへか去(ゆき)。只(たゞ)思(おも)ひ川(かは)の水(みづ)胸(むね)
にあふれて恋(こひ)の淵(ふち)となり。舞(まひ)を見るに事(こと)よせて。度々(たび〴〵)めしよせけるが。
つひに伴(ばん)左衛門がはからひとして。藤波(ふぢなみ)を桂之助(かつらのすけ)の妾(そばめ)にめしかゝへ。館(やかた)に
引(ひき)とりて給仕(きうし)させければ。桂之助(かつらのすけ)望(のぞみ)たりて最愛(さいあい)深(ふか)くめかしつかひ。かれが
妹(いもと)に於竜(おりう)とて。今年(ことし)十三才になる少女(しやうぢよ)のありけるを。これをも館(やかた)にめし
よせて。藤波(ふぢなみ)がそばづかひにさせぬ。藤波(ふぢなみ)も桂之助(かつらのすけ)が美男(びなん)なるにめてゝ
誠心(せいしん)を尽(つく)し。鴛鴦(ゑんおう)の契(ちぎり)浅(あさ)からざりしかば。桂之助(かつらのすけ)おのづから御所(ごしよ)の勤仕(きんし)おろ
そかになりぬ。されども佞臣(ねいしん)等(ら)はこれを幸(さいわひ)とし。昼夜(ちうや)かたわらをはな
れず。遊相人(あそびあいて)となりて。酒宴(しゆえん)婬楽(いんらく)にのみあかしくらせば。旨酒(ししゆ)珍膳(ちんぜん)席上(せきしやう)
にみち。郢曲(ゑいきよく)謳歌(あうか)室中(しつちう)にかまびすく。恰(あたか)も妓家(ぎか)娼門(しやうもん)の所行(しよぎやう)に似(に)て。
うたてかりける形勢(ありさま)なり。山(さん)三郎 逗留(とうりう)の間(あいだ)。此(この)為体(ていたらく)を見聞(けんもん)して。只(たゞ)