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もどし。膝(ひざ)の下(した)におししきていひけるは。汝(なんぢ)六年 以前(いぜん)しかも今月(こんげつ)今(こん)
夜(や)。百蟹(ひやくがい)の巻物(まきもの)を盗(ぬすみ)。逃去(にげさり)たる事おぼえあるべし。我(われ)その夜(よ)若殿(わかとの)
御放埓(ごほうらつ)の根(ね)をたゝんと。藤波(ふぢなみ)を殺(ころ)し。思ふむねありて。一旦(いつたん)館(やかた)を
たちのきしが。同(おなじ)夜(よ)の事(こと)なれば。某(それがし)にもおん疑(うたがひ)かゝり。汝(なんぢ)といひ合(あは)せて
かの巻物(まきもの)を盗(ぬすみ)しならんと。共(とも)に盗賊(とうぞく)の汚名(をめい)をかうふりぬ。そのゝちかの
巻物(まきもの)を売(うら)んといふ者(もの)あるゆゑ。これをもとめて汚名(をめい)をすゝがばやと思ひ
けれども。價(あたひ)百両(ひやくりやう)といふ大金(たいきん)なれば力(ちから)およばず。しかるに娘(むすめ)楓(かへで)此(この)事(こと)を
聞(きゝ)て深(ふか)く悲(かなし)み。みづから身(み)を見せ物芝居(ものしばゐ)に売(うり)て。百両(ひやくりやう)の金(かね)をとゝのへ。
かの巻物(まきもの)を買(かい)もどし。諸人(しよにん)に面(おもて)をさらし。丹波(たんば)の国(くに)の蛇娘(へびむすめ)と。世(よ)に恥(はぢ)
をあらはす憂身(うきみ)のうへとなりぬ。これみな汝(なんぢ)がなせし業(わざ)にあらずや。唯(たゞ)
今(いま)はからず出会(しゆつくわい)せしは天(てん)の与(あた)へ。我(わが)宿恨(しゆくこん)をはらすべき時(とき)のいたれる
なり。たとへ生皮(いきかは)を剥(はぎ)臊子(さいのめ)にきざむとも。飽(あく)べからすといひつゝ。簀子(すのこ)の
上に鼻(はな)の尖(とがり)をすりつけ〳〵して。さいなみければ。雲六(うんろく)は一言(ひとこと)だに返荅(へんとう)
すべき詞(ことば)なく。只(たゞ)ゆるし玉へ〳〵とうちわびけり。時(とき)に又平が妻(つま)小枝(さえだ)さき
ほどより。雲六(うんろく)が顔(かほ)をつれ〳〵とまもりつめて居(ゐ)つるが。大におどろき。先(せん)
年(ねん)杉坂(すぎさか)にて。妾(わらは)が懐中(くわいちう)の金(かね)二十 両(りやう)を奪取(うばひとり)。逃去(にげさり)たる盗人(ぬすびと)は。すなはち
此者(このもの)にて。たしかに見おぼえありといへば。又平きゝて。扨(さて)はしかありけるか。
恩人(おんじん)と仇人(あだびと)と。しかも同月(たうげつ)同日(たうじつ)に。はからず出会(しゆつくわい)せしは。正(まさに)是(これ)天(てん)のみちびき
玉ふ処(ところ)にして。善悪(ぜんあく)つひに報(むくい)ある事(こと)を示(しめ)し玉ふ所(ところ)ならん。いかに雲六(うんろく)とやらん
よくきけとて。小枝(さえだ)金(かね)をうばゝれいひわけなく。首(くび)縊(くゝり)て死(しな)んとせしを。三八
郎が情(なさけ)にて。金子(きんす)を合力(かうりよく)され。危(あやう)き一命(いちめい)をたすかりたる事の始終(しじう)を。
つぶさにかたりければ。雲六(うんろく)頭(かしら)をたれてきゝ居(ゐ)たるが。やがて一刀(いつとう)を抜(ぬき)て