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腹(はら)にぐさとつきたて。いと苦(くる)しげに息(いき)をつきていひけるは。あなおそろしや
勿体(もつたい)なや。今(いま)やう〳〵天(てん)の賞罰(しやうばつ)あきらかなる事(こと)をしり。積悪(せきあく)の報(むくい)の
覿面(てきめん)にめぐり来(きた)ることを暁(さと)らぬ。某(それがし)が懺悔物語(さんげものかたり)を。一回(ひとゝほり)おん聞(きゝ)くだされ
かし。そのかみ某(それがし)在京(ざいきやう)のうち。五条坂(こじやうざか)の曲中(くるわ)に通(かよ)ひて。過分(くわぶん)の金銀(きんぎん)を
ついやし。身分(みぶん)たちかだきにより。偶(ふと)悪念(あくねん)おこりて。百蟹(ひやくがい)の巻物(まきもの)を盗(ぬすみ)
取(とり)。おん館(やかた)を出奔(しゆつぽん)して。北山(きたやま)をすぎ。杉坂(すぎさか)にいたりけるに。折(おり)しも風雨(ふうう)
つよかりければ。しばし木蔭(こがけ)に晴間(はれま)を待居(まちゐ)たるに。それなる婦人(ふじん)来(き)
かゝり玉ひ。懐中(くわいちう)おもげに見えけるゆゑ。又 悪念(あくねん)おこり。婦人(ふじん)を地上(ちしやう)に
踢倒(けたふ)して。二十 両(りやう)の金(かね)をうばひ。仕合(しあはせ)よしと歓(よろこ)びて。その所(ところ)を逃去(にけさり)。そのゝち
かの巻物(まきもの)を。金(きん)五十 両(りやう)に売(うり)けるが。一所不住(いつしよふぢう)に迷(まよひ)ありく間(あひだ)に。かの金(かね)を
残(のこり)なくつかひ尽(つく)し。つひに零落(れいらく)してかゝる身となりぬ。某(それがし)は金(かね)を奪(うばひ)て
死(し)にいたらしめんとし。三八郎どのは金(かね)を与(あた)へて。死(し)を救(すくひ)玉ひつるよし。今(いま)思へ
ば。善悪(ぜんあく)のたがひ誠(まこと)に壌霄(じやう〳〵)をへだつるがごとし。豈(あに)賞罰(しやうばつ)の報(むくい)なからんや。
扨(さて)某(それがし)ちかごろ当国(とうごく)にいたりて。草津(くさつ)の駅(ゑき)に住家(すみか)をもとめ。幸(さいは)ひ石山寺(いしやまでら)
の観音(くわんおん)開帳(かいちやう)ありてにぎはしければ。かの門前(もんぜん)に出(いで)。鼓(つゞみ)を打(うち)くせ舞(まひ〳〵)の
謡(うたひ)をうたひて物(もの)を乞(こひ)けるに。前(さき)の日(ひ)思ひかけず。幼年(ようねん)の時(とき)わかれたる。
八重垣(やへがき)といふ妹(いもと)にあひ。住家(すみか)にともなひかへりて。何(なに)くれと過去(すぎさり)し事
どもを語(かた)りけるに。妹(いもと)某(それがし)がかく浪人(ろうにん)したるいはれをとひけるゆゑ。又 悪念(あくねん)
おこり。いつはりていひけるは。我(われ)前(さき)の年(とし)在京(ざいきやう)の刻(きざみ)。偶(ふと)五条坂(ごじやうざか)に通(かよ)ひ。過(くわ)
分(ぶん)の金銀(きん〴〵)をついやし。そのおひめをつくのはん為(ため)。若殿(わかとの)よりあづかりたる。
絵巻物(ゑまきもの)を質入(しちいれ)しつるが。つひにその事あらはれていとまたまはり。かく浪々(ろう〳〵)
の身(み)となりぬ。格別(かくべつ)の科(とが)にもあらねば。今(いま)にもかの巻物(まきもの)をうけもどし