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しが。此度(このたび)石山寺(いしやまでら)の門前(もんぜん)にて。諸人(しよにん)に見する蛇娘(へびむすめ)は。楓(かへで)どのに疑(うたかひ)なし。
聞(きゝ)とゞけてよ御両人(ごりやうにん)といひて。掌(て)を合(あは)せて拝(おが)み。涙(なみだ)を滝(たき)のごとくながし
ければ。又平かの財布(さいふ)をとりてなむ右衛門が前(まへ)におき。雲六(うんろく)慚邪(さんじや)懺(ざん)
罪(ざい)して実心(じつしん)にひるがへりしうへは。不便(ふびん)にも存(ぞん)ずれば。かれが望(のぞみ)のごとく
此(この)金(かね)にて。息女(そくぢよ)をあがなひ候へかしといへば。なむ右衛門 頭(かしら)を右左(みぎひだり)にふり
うごかし。いな〳〵八重垣(やへがき)とやらんさばかり実(まこと)ある者(もの)を。うき川竹(かはたけ)のなが
れにしづめ。長(なが)く辛苦(しんく)をうけしめんは。しのびがたき事ならずや。娘(むすめ)
楓(かへで)はみづから斍悟(かくご)のうへにて。親(おや)の為(ため)にはづかしめをうくるなればせん
すべなし。此(この)金(かね)をかへして八重垣(やへがき)をとりもどし。つかはすべしといひて。
うけがはざれば。雲六(うんろく)苦(くる)しげに息(いき)をつき。いな〳〵その金(かね)にて御息女(こそくぢよ)の身(み)を
あがなひ玉はらば。かへりて妹(いもと)が実心(しつしん)のかひもあるべし。殊更(ことさら)その金(かね)
おん身(み)の膝(ひざ)のあたりに落(おち)たるよし。畢竟(ひつきやう)天(てん)より忠臣(ちうしん)孝子(かうし)を賞(しやう)じ
玉ひて。与(あた)へ玉ふに疑(うたがひ)なし。若(もし)海川(うみかは)にもおちいりなば。妹(いもと)が志(こゝろざし)は水(みづ)の泡(あは)と
なり候べし。ひとへにおん聞(きゝ)とゞけ玉はれかし。若(もし)さもあらずは某(それがし)死(し)しても。
こゝろよく眼(まなこ)をふさぎ申すまじとて。涙(なみだ)をながしてねがひけり。桂(かつら)之助 始(し)
終(じう)を聞(きゝ)。悪(あく)にもつよく善(ぜん)にもつよき彼(かれ)がねがひ。未期(まつご)の望(のぞみ)なればきゝ
とゞけつかはすべしと。おもきおふせになむ右衛門。やう〳〵これをうけがひ
けり。雲六(うんろく)はうれしげに打笑(うちわらひ)。今(いま)は此世(このよ)にのぞみなし。死出(しで)の旅路(たびぢ)を
いそがばや。相公(との)の御前(ごぜん)をけがす罪(つみ)は。おん免(ゆる)し玉はれかしとて。腹(はら)十文
字(じ)にかきやぶり。咽吭(のんどのくさり)をかき斬(きり)て。うつぶしに伏(ふし)てぞ死(し)したりける。時(とき)に
なむ右衛門。かの鳥(とり)をとりあげていはく。此(この)鳥(とり)雁(がん)に似(に)たりといへども。
よく〳〵見れば漢名(かんみやう)蒼鶂(そうじ)といふ鳥(とり)なり。よく高(たかく)飛(とび)雁(がん)に似(に)て蒼白(そうはく)也。