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仏者(ぶつしや)となり。かの蟹満寺(かにまでら)ちかごろ破損(はそん)したるよしきけば。これを修理(しゆり)
して亡(なき)人(ひと〴〵)の冥福(めいふく)の種(たね)とすべし。なんぢ六字(ろくじ)南無(なむ)右衛門といふ名(な)を
つけば。道心(だうしん)せしも同然(どうぜん)なり。汝(なんぢ)又これより文弥(ぶんや)が師(し)とたのみたる。
沢角(さはつの)検校(けんぎやう)にしたがひ。近(ちか)ごろ世(よ)におこなはるゝ浄瑠璃節(しやうるりぶし)を学(まな)ひ。因(いん)
果(くわ)の道理(だうり)を唱歌(しやうが)につくり。糺河原(たゞすがわら)に於(おい)てこれをかたり。普(あまねく)諸人(しよにん)を
勧進(くわんじん)して。我(わが)志願(しぐわん)の助力(ぢよりよく)せよといひおはり。髻(もとゞり)弗(ふつ)とおしきりて。藤浪(ふぢなみ)が
位牌(いはい)に手向(たむけ)ければ。みな〳〵その誠心(せいしん)を感(かん)じけり。六字(ろくじ)南無(なむ)右衛門
といふ女太夫(をんなだいふ)。浄瑠璃芝居(じやうるりしばゐ)の始祖(しそ)なりといひつたふるは。此(この)楓(かへで)が事(こと)なり
とぞ。なむ右衛門又 桂(かつら)之助にむかひて頭(かしら)をさげ。これより河内(かはち)の国(くに)に
おん越(こし)ありて。若君(わかぎみ)に御対面(ごたいめん)あれかし。奥方(おくがた)のおんゆくへはなほまた
たづね候べし。いざ夜(よ)のあけぬ間(ま)にとく〳〵ともよほせば。桂(かつら)之助いそがは
しく身支度(みじたく)して。又平にむかひ。我(われ)時運(じうん)を得(え)て世(よ)に出(いで)なば。かならず
報(むくい)をすべきぞといひてわかれを告(つげ)。編笠(あみがさ)ふかくかたふけて立出(たちいづ)れば。なむ
右衛門 修行者(しゆぎやうじや)の姿(すがた)その侭(まゝ)に。楓(かへで)を具(ぐ)して相(あい)したがふ。又平 夫婦(ふうふ)於(お)
竜(りう)もともに。恙(つゝが)なくおはしませといひつゝ門(かど)おくりし。たがひに涙(なみだ)をそゝぎ
て別(わか)れ纔(わづか)に一町ばかりゆきけるに。昨日(きのふ)やとひし縣神子(あがたみこ)。野(の)ぶせりの乞(こつ)
丐(がい)どもをかたらひ来(きた)りて道(みち)をふさぎ。このごろ官領(くわんれい)浜名(はまな)どのより
きびしくたづね玉ふ。佐々木(さゝき)桂(かつら)之助とやらん。いづくへおちゆくぞ。われ
昨日(きのふ)又平が家(いへ)にやとはれ。家内(かない)の様子(やうす)いぶかしと思ひしゆゑ。今(いま)爰(こゝ)に
きたりてうかゞふに。果(はた)してあやしき者(もの)どもなり。からめとりて賞銀(ほうびのかね)に
あづかるぞ。とく〳〵手(て)をつかねよとぞよばはりける。なむ右衛門 追(おひ)ちらし
てとほらんと。錫杖(しやくじやう)をとりのべける処(ところ)に。思ひかけざる物(もの)かげより。猿(さる)二郎