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棒(ぼう)をとりて走(はし)り出(いで)。かの奴原(やつばら)を散(さん)〴〵に追(おひ)ちらし。これより志賀(しが)の山越(やまごへ)
しておん立(たち)のきあれかし。人(ひと)のしらざる間道(かんだう)をおん供(とも)つかまつらんとて。つひに
四人 打(うち)つれていそぎゆきぬ。さて雲六(うんろく)が屍(しかばね)は。又平その夜(よ)ちかき山(やま)にかき
ゆきて煙(けふり)となし。あとねんごろにとふらひけるとぞ
十七 雪渓(せつけい)の非熊(ひゆう)
爰(こ)に又 梅津(うめづ)の嘉門(かもん)は母(はゝ)と共(とも)に世(よ)を避(さけ)て。和州(わしう)河州(かしう)のさかい。金剛山(こんがうせん)水越(みづこし)
峠(とうげ)の谷蔭(たにかけ)に。いぶせき庵(いほり)をいとなみ。当山(とうざん)は薬草(やくそう)おほく。殊(こと)に金山(きんざん)にして
金剛砂(こんがうしや)を出(いだ)すゆゑ。これらをとりて日(ひゞ)の費(ついへ)にかへ。みづから薪(たきゞ)をとり
水(みづ)をくみ。あけくれ老母(ろうぼ)に孝行(かう〳〵)を尽(つく)し。いとまには書籍(しよじやく)を友(とも)として臥竜(ぐはりう)
先生(せんせい)の跡(あと)を追(おひ)。禅味(せんみ)を甘(あまん)じて大幢国師(だいどうこくし)の道(みち)をしたひ。名利(みやうり)に屈(くつ)せぬ
志(こゝろざし)。はるかにたふとくぞ見えぬ。一日(あるひ)老母(ろうぼ)山寺(やまでら)にまうでけるが。比(ころ)しも厳冬(げんとう)の
時節(じせつ)なれば。帰路(きろ)にのぞみて雪(ゆき)ふり出(いだ)し。見る〳〵満地(まんち)玉(たま)をしけるが
ごとく。通(かよ)ひなれたる道(みち)すぢも。深(ふか)く雪(ゆき)にかくれたれば。おのづから道(みち)に
迷(まよ)ひ。殊更(ことさら)峠越(みねごし)の吹雪(ふゞき)。肌(はだへ)にしみて寒(さむ)ければ。ゆきなやみて杖(つえ)をとゞめ。しば
したゝずみ居(ゐ)たる折(おり)しも。猟師(かりうど)に追出(おひいだ)されたる穴熊(あなぐま)にや。雪(ゆき)を踢立(けたて)て
馳来(はせきた)り。ほど〳〵老母(ろうぼ)に飛(とび)かゝらんとしたる処(ところ)に。一人(いちにん)の若者(わかもの)木蔭(こかげ)より走(はし)り
出(いで)。立(たち)へだゝりて熊(くま)の肩(かた)さきを一刀(ひとかたな)きりつけたれば。熊(くま)は怒(いかり)て狂(くる)ひ
けるが。つひに足(あし)をふみながして。谷底(たにそこ)にさかしまになりておちいりぬ。かの若(わか)
者(もの)は腰(こし)をかゞめて老母(ろうぼ)にむかひ。年(とし)老(おい)玉ふおん身(み)にて。雪中(せつちう)の歩行(ほかう)見る
にしのびがたし。いづくにもあれおん住家(すみか)まで。負行(おひゆき)まゐらせんといふにぞ
老母(ろうぼ)うれしげに。いづくのおん方(かた)かはしらざれども。今(いま)の危難(きなん)をすくひ玉はる
のみならず。情深(なさけふか)きおん志(こゝろざし)謝(しや)しはべるに詞(ことば)なしといへば。さばかりあつき詞(ことば)をおさ