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黄金作(こかねづくり)の丸鞘(まるざや)の太刀(たち)をはき。文曲(ぶんきよく)武曲(ぶきよく)の二星(にせい)を画(ゑがき)たる。軍扇(ぐんせん)を把(とり)て
立出(たちいで)たる為体(ていたらく)。志気(しき)堂々(どう〳〵)威風(いふう)凛々(りん〳〵)として。誠(まこと)に一個(いつこ)の英雄(ゑいゆう)と見えたり。
桂之(かつらの)助 仰天(きやうてん)し。何人(なにびと)ぞと顧(かへりみる)に。是(これ)乃(すなはち)別人(へつじん)にあらず。梅津(うめづ)嘉門(かもん)景春(がけはる)
なり。こは嶢々敷(げう〳〵しき)打扮(いでたち)ぞといぶかりけるに。嘉門(かもん)門外(もんぐわい)に出(いで)。勝基(かつもと)をいざ
なひいれて上坐(しやうざ)にすゑ。桂之(かつらの)助の手(て)をとりてその次(つぎ)におらしめ。老母(ろうぼ)もろ
ともはるかにくだり平伏(へいふく)して。恭(うや〳〵しく)礼(れい)をおこなひ。まづ勝基(かつもと)にむかひていひけるは。
某(それがし)がごとき不肖(ふしやう)の身(み)を。かばかり御懇望(ごこんばう)玉はる事(こと)。冥加(みやうが)にあまる仕合(しあはせ)也。
頃日(このごろ)某(それがし)が他行(たぎやう)のあとに。両度(りやうど)までおん駕(が)を枉(まげ)られ候よし。母(はゝ)の物語(ものかたり)に
うけたまはれども。勝基公(かつもとこう)とは思ひもよりはんべらず。某(それがし)いさゝか虚名(きよめい)を
しられ。これまで諸国(しよこく)の諸侯(しよこう)より。召抱(めしかゝへ)んと使者(ししや)の来往(らいわう)しげしといへども。
その大将(たいしやう)の心(こゝろ)。いづれも皆(みな)高禄(かうろく)さへあたふれば。奉公(ほうこう)するとのみ思はれて。
軍師(ぐんし)をもちゆる礼義(れいぎ)をしらず。只(たゞ)権威(けんい)を以(もつ)て招(まね)くゆゑ。返荅(へんたう)もわづら
はしく。当代(たうたい)諸侯(しよこう)おほしといへども主君(しゆくん)とたのむ人(ひと)なしと。世(よ)をせまく見く
だして居(ゐ)たりしに。驚入(おとろきいり)たる公(きみ)のおんふるまひ。官領職(くわんれいしよく)のおもきおん身(み)を
以(もつ)て。唯(たゞ)一人(いちにん)の従者(ずさ)をも具(ぐ)せられず。かゝる雪中(せつちう)の寒気(かんき)をしのび。露(つゆ)
ほども権威(けんい)のいろなく。某(それがし)一人(いちにん)をおん招(まね)きあらんとて。さばかりおん心を
くだき玉はる事(こと)。無勿体(もつたいなし)なども申すべからず。此(この)うへはおん招(まね)きにしたがひ
麾下(きか)に属(しよく)するそのしるしに。兵具(ひやうぐ)を帯(たい)しておん目(め)見え仕(つかふ)ると。敬(うやまひ)ふかく相(あひ)
のべけり。勝基(かつもと)大(おほき)に喜(よろこ)び玉ひ。我(われ)蜀(しよく)の劉備(りうび)におよばずといへども。三度(みたび)艸(そう)
盧(ろ)をかへり見るは。軍師(ぐんし)をもとむる礼(れい)なれば。いかでか苦辛(くしん)をいとふべき。
先(まづ)もつて早速(さつそく)の許容(きよよう)。よろこびにたへずとのたまへば。老母(ろうぼ)つゝしみていひ
けるは。妾(わらは)は始(はじめ)より勝基公(かつもとこう)と察(さつ)し奉れども。いく度(たび)もおん心(こゝろ)をためし見て。