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短慮(たんりよ)卒忽(そこつ)の大将(たいしやう)か。又 寛仁大度(くわんじんたいと)の大将(たいしやう)か。はゞかりながら御心底(おんしんてい)をうかゞひ
しうへかねては主(しゆう)どりさせざる心なりしが。我子(わがこ)ながら一方(いつはう)の大将(たいしやう)にして不足(ふそく)なき
嘉門(かもん)を。一生(いつしやう)深山(みやま)の埋木(うもれぎ)。谷(たに)の巣守(すもり)と朽果(くちはて)させんより。母(はゝ)がすゝめて御(ご)
奉公(ほうこう)いたさせんと存(ぞんじ)つき。度(たび〳〵)心(こゝろ)にもあらぬ不礼(ぶれい)のことを申せしに。よくも
御堪忍(ごかんにん)あそばせしぞ。心のうちにはいかばかりか勿体(もつたい)なく。只(たゞ)感涙(かんるい)をおし
かくして。居(をり)候ひぬといひて。老(をい)の涙(なみだ)ぞまことなる。老母(ろうぼ)又 桂之(かつらの)助にむかひ。
さきほど途中(とちう)にておん目(め)にかゝりし時(とき)より。唯人(たゞびと)ならずと思ひしに。さき
ほど勝基公(かつもとこう)におん物語(ものがた)りを。ものかげにてうけたまはれば。果(はた)して
君(きみ)にておはしけり。いまだ一度(いちど)もおん目(め)見えいたさねば妾(わらは)をおん見知(みしり)ある
まじく。妾(わらは)も又おん顔(かほ)を見しらねども。今(いま)は何をかつゝみ候べき。君(きみ)は
元来(ぐわんらい)妾腹(しやうふく)にて。その御実母(ごじつぼ)は妾(わらは)が娘(むすめ)。嘉門(かもん)が為(ため)には姉(あね)にて。君(きみ)を産(うみ)
奉りてすぐに身(み)まかり候ひぬ。先(せん)奥方(おくがた)は賢女(けんぢよ)にておはせしゆゑ。少(すこ)しも嫉(ねたみ)のいろ
なく。奥方(おくがた)の御正腹(ごしやうふく)と御披露(ごひろう)ありしが。平人(へいにん)の身(み)にて申さば君(きみ)は妾(わらは)が為(ため)には
孫(まご)なれども。腹(はら)はすなはちかりものなれば。妾(わらは)が為(ため)にも正(まさ)しく主君(しゆくん)なるを。
かりそめにも奴僕(ぬぼく)とよび。打擲(ちやうちやく)せしは大罪(だいざい)なれども。これにはすこしく縁故(いはれ)
あり。此(この)包(つゝみ)を御覧(ごらん)くだされかしとさし出(いだ)す。桂(かつら)之助は始(はじめて)て実母(じつぼ)の母(はゝ)なる事(こと)
を知(し)りて打驚(うちおどろき)。頓(とみ)に包(つゝみ)をひらき見れば。短冊入(たんざくいれ)に一ひらの短冊(たんざく)あり。とりあげ見れば。
咲匂(さきにほ)ふ梅津(うめづ)の川(かは)の花(はな)さかりうつる鏡(かゞみ)のかけもくもらず
といふ歌(うた)をしるせり。桂(かつら)之助 眉(まゆ)をしはめて。此(この)手跡(しゆせき)は見おぼえありといへば。老(ろう)
母(ぼ)小膝(こひざ)をすゝめ。そは為家卿(ためいへきやう)の詠歌(ゑいか)にして。夫木集(ふぼくしふ)に入(いり)たる歌(うた)なるが。
そのかみ祖父君(おほちきみ)。佐々木(さゝき)盛貞公(もりさだこう)御在京(ごさいきやう)の折(おり)から。妾(わらは)が夫(おつと)梅津(うめづ)兵衛(ひやうゑ)
北野(きたの)の社人(しやにん)にてありし時(とき)。御連歌(ごれんが)のついでに。おん筆(ふで)をそめてたまはり