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事(こと)をものがたりければ。嘉門(かもん)又 先年(せんねん)浜名(はまな)が招(まね)きに応(おう)せずして。岩坂(いわさか)
猪之八(いのはち)等(ら)数人(すにん)を打(うち)とり。たゞちに此(この)山(やま)にあとをかくしたる事(こと)をかたりて。互(たがい)に
権(しばらく)兵学(へいがく)の事(こと)を論(ろん)じ。嘉門(かもん)当山(とうざん)に住(すみ)常(つね)に千早(ちはや)の城路(しろあと)を見て。楠氏(なんし)の
奥妙(おくみやう)を感(かんず)る事(こと)などを物語(ものがたり)けるが。嘉門(かもん)かさねていひけるは。さりながら
官領職(くわんれいしよく)のおん身(み)にて。此 山中(さんちう)に唯(たゞ)ひとり往来(わうらい)し玉ひ。若(もし)浜名方(はまながた)の者(もの)
ども聞知(きゝし)り。多勢(たせい)を以(もつ)てとりかこまば。いかゞし玉ふやらん。君子(くんし)は危(あやう)きに
ちかづかずといへり。軍慮(ぐんちよ)のほどうけたまはり度(たく)候と。詰問(なじりとへ)ば勝基(かつもと)莞(くわん)
爾(じ)と打笑(うちわらひ)さる時(とき)の備(そなへ)こゝにありといひつゝ懐(ふところ)を探(さぐ)り。号笛(あいづのふへ)をとり出(いだ)して
吹立(ふ▢たて)玉へば。忽(たちまち)鎧腹巻(よろひはらまき)に擘手(こて)臑楯(すねあて)をきびしくかためて。蓑笠(みのかさ)をうち
着(き)たる荒武者(あらむしや)ども。こゝの木蔭(こかげ)かしこの岩(いは)かげよりあらはれ出(いで)で。数(す)十人
馳集(はせあつま)り。枚(ばい)をふくませたる馬(うま)を引出(ひきいだ)して。御帰館(こきくわん)とよばゝれば。嘉門(かもん)おどり
あがりて感嘆(かんたん)し。これいにしへ韓信(かんしん)がもちひたる。虚無(きよむ)の謀計(はかりこと)伏兵(ふくへい)なら
ずして其(その)理(り)すみやかなりと称美(しやうび)の折(おり)しも。以前(いぜん)の手負熊(ておひぐま)。いかりくるひ
て此 処(ところ)へ走(はし)り来(きた)るを。荒武者(あらむしや)どもかけへだて。手槍(てぼこ)をとりて已(すで)につき殺(ころ)
さんとしつるを。勝基(かつもと)見玉ひ。やれまてしばしと声(こゑ)かけてとゞめ玉ひ。夫(それ)六韜(りくとう)
を考(かんがふ)るに。文王(ぶんわう)太公望(たいこうはう)を得(え)たる時(とき)。卜(ぼく)して非熊(くまにあらす)といへり。我(われ)今(いま)已(すで)に当世(とうせい)
の呂尚(りよしやう)を得(え)て。いかにぞ熊(くま)を欲(ほつ)せんや。無益(むやく)の殺生(せつしやう)好(この)むべからずとく〳〵
放(はなち)やれとおふせければ。荒武者(あらむしや)ども呀(あつ)とこたへて放(はな)ちけり。勝基(かつもと)桂(かつら)之
助にむかひ。和殿(わどの)は今(いま)しばし世(よ)をしのび。帰国(きこく)の時節(じせつ)をまたれよかし。老母(ろうぼ)
はしばらく此 家(いへ)にあれ。かさねてむかひの乗物(のりもの)を以(もつ)てよびとるしべ。嘉門(かもん)
は今(いま)すぐにともなひゆかん。幸(さいはひ)雪(ゆき)もふりやみぬとのたまひて。馬ひきよせ
て乗(のり)玉へば。嘉門(かもん)は馬(うま)の左(ひだ)りにしたがひ。大勢(おほぜい)の荒武者(あらむしや)ども。列(れつ)をたゞ