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したるもあり。雨露(うろ)にされたる骨(ほね)のみつゞき。男(をとこ)とも女(をんな)ともわかちかね
たるが。影(かげ)もひときは薄(うすく)見えて。浪々(ろう〳〵)蹌々(そう〳〵)とあゆみ来(く)るは。いく年(とし)ふりし
亡者(まうしや)にや。頬髭(ほうひけ)生(おひ)しげりていとあら〳〵しき男(をとこ)のいまた肉(にく)脱(だつ)もぜす。なま〳〵
しく見ゆるは。きのふけふの亡者(まうじや)ならん。白髪(しらか)を乱(みだ)せる姥(うば)の亡者(まうしや)。庭火(にはひ)の
かげにはらばひたるおさな子(こ)の顔(かほ)をさしのぞき見て。さめ〴〵となくは。孫(まこ)に
心の残(のこ)りつるか。鼻(はな)ひらみ口ゆがみて。いと醜男(みにくきおとこ)の亡者(まうしや)。むかひ火(び)たく女(をなご)を
つれ〳〵とかへりみて。うらしめげに立(たち)たるは。後(のち)の夫(をつと)をむかへたる恨(うらみ)とおぼし。
かくさま〴〵の亡者(まうじや)。蜂(はち)のごとくに群(むらかり)。蟻(あり)のごとくに集来(つどひく)れども。家(いへ〳〵)の
男女(なんによ)の目(め)には少(すこ)しも見へざる様子(やうす)なれば。山(さん)三郎おのれも命(いのち)おはりて。
亡者(まうじや)の数(かず)に入(いり)けるかと。一度(ひとたひ)はおどろき。蜉蝣(ふゆう)の一期(いちこ)朝露(ちやうろ)の命(いのち)。泡沫(はうまつ)
無常(むしやう)老少(ろうしやう)不定(ふじやう)の世(よ)のならひ。皆(みな)かくのごとしと。一度(ひとたび)は歎(なげ)きてたゝずみ
ける所(ところ)に。背後(うしろ)の方(かた)に。山(さん)三郎〳〵とよぶ声(こゑ)。虫(むし)のなく音(ね)に異(こと)ならず。山(さん)三
郎 身(み)をひるがへしてこれを見れば。正(まさ)しく亡父(ばうふ)三郎左衛門なれば。うち
おどろきつゝ平伏(へいふく)して礼(れい)をなし。世(よ)を去(さり)玉ふ親人(おやびと)に。又あふ事(こと)の不思議(ふしぎ)
さよといへば。三郎左衛門いひけるは。汝(なんぢ)我(わが)仇(あた)をむくはんと身(み)を苦(くる)しめ。
思ひを尽(つく)すを。苔(こけ)の下(した)にて不便(ふびん)に思ひ。これまでかたちをあらはせしぞ。
汝(なんぢ)伴(ばん)左衛門をもとめんとならば。他(た)をもとむるは無益(むやく)なり。はやく京都(きやうと)
に立越(たちこへ)。なんぢが幼年(ようねん)の時(とき)いひなづけしつる女をたづねて相(あい)まみへなば。
おのづから伴(ばん)左衛門にめぐりあふべし。此 事(こと)を告(つげ)ん為(ため)にまうで来(き)つる
ぞ。親子(おやこ)は一世(いつせ)のちぎりなれば。再(ふたゝび)まみゆる事(こと)を得(え)がたしといひすてゝ。
さらんとする袖(そで)にすがり。せめて今(いま)しばしまち玉はれかしといふかとおもへば
夢(ゆめ)さめて。旅店(りよてん)の寝所(しんじよ)に只(たゞ)独(ひとり)。惘然(ばうぜん)として居(ゐ)たりけるが。五更(ごこう)の鐘(かね)に