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おどろきて。やう〳〵夢(ゆめ)なることを暁(さと)し。悲歎(ひたん)に袖(そで)をしぼりけり。かくて
山(さん)三郎 父(ちゝ)の告(つげ)にまかせ。いそぎ京都(きやうと)に立越(たちこへ)て。小幡(こばた)の里(さと)にあやしげなる
家(いへ)をもとめ。鹿蔵(しかぞう)もろとも住(すみ)けるが。ひさしく旅中(りよいう)にありて。少(しやう)〳〵の
たくはへも。皆(みな)もちひ尽(つく)し。素(もとより)もなりはひなき身(み)なれば。持合(もちあは)せたる
衣服(いふく)のたぐひも。おほかたに売尽(うりつく)して。日(ひ)〲のついへにかへなし。至極(しごく)貧(まづ)し
きくらしなれども。鹿蔵(しかぞう)忠義(ちうぎ)の心(こゝろ)ふかき者(もの)なれば。毎日(まいにち)煎(せん)じ物(もの)を
売(うり)に出(いで)て。身体(しんたい)の痩(やせ)ほそるをもいとはず。やう〳〵かそけき煙(けふり)をぞ
立(たて)ける
○案(あんず)るに煎(せん)じ物売(ものうり)。古事(ふるきこと)にや。文明(ぶんめい)の比(ころ)の職人尽(しよくにんづくし)のうちに見ゆ。
又 能(のう)狂言(きやうげん)にせんじ物売(ものうり)といふあり。薬(くすり)を煎(せん)じてになひ売(うり)する
者(もの)とぞ
十八 花柳(くわりう)の鞘当(さやあて)
其頃(そのころ)都(みやこ)五条坂(ごじやうざか)に妓楼(ぎろう)あり。原(もと)此(この)所(ところ)は。平家(へいけ)の侍大将(さむらいだいしやう)悪七兵衛(あくしちびうゑ)景清(かげきよ)
が妾(おもひもの)阿古屋(あこや)が住(すみ)し処(ところ)とぞ。そのなごりにや。あまたの阿曽比(あそび)ありて。秦楼(しんろう)の
柳絮(りうじよ)常(つね)に浪子(ろうし)の心(こゝろ)を牽(ひき)。楚館(そくわん)の蕣華(しゆんくわ)。能(よく)富翁(ふおう)の産(さん)を蕩(とらか)す。
されば賢(けん)となく愚(ぐ)となく。貴(き)となく賎(せん)となく。此(この)妖境(ようきやう)に迷来(まよひく)る者(もの)ひき
もきらず。恰(あたか)も蝦蟇(がま)の井(ゐ)におちいるがごとく。飛蛾(ひが)の灯(ともしび)に集(あつま)るに似(に)たり。
あまたの人のつどへるうちに。一(ひと)きは目(め)だちたる打扮(いでたち)の侍(さむらい)あり。春雨(はるさめ)に燕子(つばくらめ)
の飛(とび)かふさまを摺(すり)て。三本傘(さんぼんからかさ)の鹿子紋(かのこもん)つけたる小袖(こそで)を着(ちやく)し。白柄(しらつか)の大小(だいしやう)を
掴差(つかみざし)にさしこらし。洲(す)の与三(よそう)などや製(せい)しけん。手(て)をこめたる蒔絵(まきゑ)の一ツ 印篭(いんらう)
をおび。深編笠(ふかあみがさ)をまぶかにきて。絡(くり)かけずの緒(を)をつけたる。板金剛(いたこんがう)をはき
ならしつゝ。東(ひがし)をのぞみてすゝみゆく。又 西(にし)の方(かた)より。羽織(はをり)小袖(こそで)も一様(いちやう)に。村(むら)
【欄外】板金剛ハ今草履下駄ト□□□類▢リ職人尽一図アリ