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夫(それ)につけてかたるべきは。先年(せんねん)某(それがし)が母(はゝ)病(やまひ)になやみし時(とき)。御親父(ごしんふ)三郎
左衛門どの薬代(やくだい)の金子(きんす)をめぐみて母(はゝ)の命(いのち)を救(すくひ)くだされし洪恩(こうおん)心(こゝろ)に
銘(めい)じ。せめて露(つゆ)ばかりもその報(むくい)せんものと思ひしかひなく。三郎左衛
門どの闇打(やみうち)にあひ玉ひ。和殿(わどの)もゆくへしれずと聞(きゝ)て。ほいなくも打過(うちすぎ)
しが。これなる猿(さる)二郎がかたるによりて。此(この)所(ところ)にかくれ住(すま)るゝよしうけ
玉はり。対面(たいめん)して某(それがし)が思ふ旨(むね)を告(つげ)ばやと忍(しのび)出立(でたち)にてまかりで来(き)つる
が。途中(とちう)にて人(ひと)のかたるをきけば。和殿(わどの)五条坂(ごじやうざか)の堤(つゝみ)にて古傍輩(こほうばい)四人の者(もの)
を打(うち)。人たがへにて葛城(かつらき)とやらんいふ阿曽比(あそび)を手(て)にかけられたるよし。
今(いま)腹(はら)きらんとせられしは。察(さつ)する所(ところ)人たがひの誤(あやま)りをはぢてのことゝ
おぼふ。若(もし)さもあらば大なる心得(こゝろえ)たがひと思ふなり。そのゆゑいかにとなれ
ば。おゝよそ君父(くんふ)の仇(あだ)をむくはんずるものいく度(たび)も恥(はぢ)を忍(しの)び。命(いのち)あらん
かぎりはたとへ千万里(せんばんり)を走(はし)りても。たづね出(いだ)して仇(あた)をむくゆるが孝道(かうだう)の
いたりなり。今(いま)自殺(じさつ)せんなどは疎忽(そこつ)のいたりならずやといへば。山(さん)三郎 其(その)
理(り)にふくし面目(めんぼく)なき体(てい)なりけり。嘉門(かもん)かさねていひけるは。桂(かつら)之助どのは
我(わが)為(ため)に主(しゆう)すぢなり。そのいはれは一席(いつせき)にかたりがたし。そのゆへにいてふの
前(まへ)どの。先年(せんねん)大和(やまと)の国(くに)岩倉谷(いはくらだに)にておん首(くび)打(うた)れ玉はんとしつるを。某(それがし)忍(しのび)
姿(すがた)に打扮(いでたち)てかしこにいたり。我(わが)家(いへ)につたはる火術(くわじゆつ)の具(ぐ)を以(もつ)て太刀取(たちどり)を打(うち)
殺(ころ)し。おく方(がた)を奪取(うばひとり)。今(いま)已(すで)に金剛山(こんがうせん)のかくれ家(が)に母(はゝ)もろとも恙(つゝが)なく
おはすなり。桂(かつら)之助どのも同居(どうきよ)し玉ふ。佐々良(さゝら)三八郎が忠義(ちうぎ)によりて月(つき)
若(わか)どのも恙(つゝが)なく。御夫婦(ごふうふ)御親子(ごしんし)再会(さいくわい)の時(とき)を得(え)玉ひぬ。くはしき
事(こと)は猿(さる)二郎よくしりたれば。后(のち)にゆる〳〵聞(きゝ)候へ。されば一分(いちぶん)の心(こゝろ)を安(やす)んじ。
只(たゞ)此うへは復讐(ふくしう)の事(こと)のみに心(こゝろ)をゆだね候へかし。某(それがし)勝基公(かつもとこう)にきこえ