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待(まち)居(ゐ)たるに程(ほど)なく不破(ふは)道犬(だうけん)旅装束(たびしやうぞく)の侭(まゝ)にてうち通(とほ)る。そのさまいかに
となれば。惣髪(そうはつ)の頭(かしら)に素雪(そせつ)をいだゝき。しはみたる額(ひたひ)に老(おひ)の波(なみ)をたゝへ。高(かう)
年(ねん)といへども身躯(しんく)すくよかにして。奸佞(かんねい)の面(おもて)野狐(やこ)のごとく。貪欲(とんよく)の眼(まなこ)
皂雕(くまたか)に類(るい)し。相貌(さうばう)きはめて。兇悪(きようあく)なり。笹野(さゝの)蟹蔵(がいぞう)。藻屑(もくづの)三平(さんへい)。土子(つちこ)泥助(でいすけ)。
大上(いぬがみ)雁八(がんはち)等(ら)。四人の者(もの)も。跡(あと)につきてまかり出(いで)ぬ。桂之助(かつらのすけ)道犬(だうけん)に対面(たいめん)し。
先(まづ)別事(べつじ)をいはず。俄(にはか)の上京(じやうきやう)何事(なにごと)やらん気(き)づかはしとおふせければ。道犬(だうけん)気(き)
の毒顔(どくがほ)にいひけるは。火急(くわきう)の上京(じやうきやう)別義(べつぎ)に候はず。ちかごろ君(きみ)御身持(おんみもち)あし
く。旅館(りよくわん)におはしながら白拍子(しらびやうし)を召抱(めしかゝへ)て妾(そばめ)となし玉ひ。しかのみならず
虚病(きよびやう)をかまへ。佚遊(いつゆう)宴楽(えんらく)に日(ひ)を費(ついや)し。御所(ごしよ)の勤仕(きんし)をおこたり玉ふよし。
官領職(くわんれいしよく)。浜名(はまな)入道(にうだう)殿(どの)の御聞(おんきゝ)に達(たつ)し。擯斥(ひんせき)すべきよし御内意(ごないい)あり。
若(もし)しかせずんば。御家(おんいへ)にもかゝはり其(その)罪(つみ)大殿(おほとの)の御身(おんみ)にもおひ玉ふべき
よしなれば。せんすべなく。御勘当(ごかんだう)との御事(おんこと)なり大殿(おほとの)御自筆(こじひつ)の罪(ざい)
状(じやう)御覧(こらん)あるべしといひて懐中(くわいちう)より一通(いつゝう)の状(じやう)をとり出(いだ)してさしおけば。桂之助(かつらのすけ)
とりあげて読(よみ)もおはらず。胸(むね)ひしとつぶれて大に後悔(こうくわい)し。只(ただ)さしうつふきて
言(ことば)なし。道犬(だうけん)かさねていひけるは。笹野(さゝの)蟹蔵(がいぞう)。藻屑(もくづの)三平(さんへい)。土子(つちこ)泥助(でいすけ)。犬上(いぬがみ)
雁八(がんはち)等(ら)四人の者(もの)。君(きみ)の御傍(おんそば)にありなから。御諌(おんいさめ)もせずかへりて放埒(はうらつ)を
すゝめ申たる条(じやう)。其(その)罪(つみ)軽(かる)からず。切腹(せつふく)をもおふせつけらるべきはづなれども。
大殿(おほとの)の御慈悲(おんじひ)を以(もつ)て。後門(うらもん)より追払(おひはら)へとの厳命(げんめい)なりと云渡(いゝわた)しければ。
四人の者(もの)はなげ首(くび)してぞよわりける。道犬(だうけん)又いはく。只今(たゞいま)御次(おんつぎ)にてうけ
たまはれば。佐々良(さゝら)三八郎。長谷部(はせべの)。雲六(うんろく)といひ合(あは)せ昨夜(さくや)百蟹(ひやくがい)の巻物(まきもの)を
盗(ぬす)み。御妾(おんそばめ)藤波(ふぢなみ)とやらんを殺(ころ)し逃去(にげさり)たるよし。さある内乱(ないらん)の起(おこ)るも。
総(すべて)是(これ)君(きみ)の御行跡(おんふるまひ)よろしからざるがゆゑなり。かの巻物(まきもの)は御家(おんいへ)の