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子(こ)の愛着(あいじやく)にて。もし心(こゝろ)もおくれ玉はんかと。文弥(ぶんや)にいひふくめ。父上(ちゝうへ)の気(き)
質(しつ)塵(ちり)ばかりも。ゆがめる事(こと)をきらひ玉へば。此(この)金(かね)を盗(ぬすみ)しといひ悪口(あつかう)せ
ば。怒(いか)りに乗(じやう)じて恩愛(おんあい)の紲(きづな)をたち。手打(てうち)し玉はんは必定(ひつぢやう)也。しか〴〵
はからふべし。と心(こゝろ)づよくもいひきけたれば。すみやかに聞(きゝ)とゞけ。某(それがし)
宿世(すくせ)の因果(いんぐわ)にて。盲目(まうもく)となりつれば。すは主君(しゆくん)の御大事(おんたいじ)といふ
とも。戦場(せんぢやう)のはたらきなりがたく。武士(ぶし)の子(こ)とうまれたるかひなしと。
日来(ひごろ)くちをしく思ひつるに。若君(わかぎみ)のおん身(み)がはりとなるは。戦場(せんぢやう)の打(うち)
死(じに)も同然(どうぜん)。ねがふてもなき幸(さいはひ)也。さりながらたとへ計(はかりごと)にもあれ。親(おや)
にむかひて悪口(あくかう)し。盗(ぬすみ)せしなどは勿体(もつたい)なくて申しがたし。こればかりはゆるし
玉へといひけるゆゑ。そは最(もつとも)のことなれども。さなくては父(ちゝ)うへの。愛念(あいねん)を
絶(たつ)ことあたはず。何事(なにごと)もみな忠義(ちうぎ)の為(ため)ぞとて。やう〳〵得心(とくしん)させ
つるに。けなげにもよくはからひしぞ。ほめつかはされくださるべし。さき
ほどものかげにて。おん身(み)の様子(やうす)をうかゞひしに。若君(わかぎみ)をとも
なひてのがれ出(いで)。かなはぬ時(とき)はきり死(じに)と。覚悟(かくご)の体(てい)に見へたれども。
村(むら)の口(くち)〴〵山道(やまみち)まで。捕手(とりて)の人数(にんず)かため居(ゐ)るよし聞(きゝ)はべれば。とても
のがるゝ道(みち)はなし。きり首(くび)となり瞼(まぶた)をふさがば。盲目(めしい)目(め)あきの差(しや)
別(べつ)もあらじ。たとへ眼平(がんへい)若君(わかぎみ)のおん顔(かほ)を見知(みしる)とも。忠義(ちうぎ)の一心(いつしん)を以(もつ)て
あざむかば。やはり損(しそん)じ候まじ。大丈夫(だいじやうぶ)のおん身(み)をさへ。恩愛(おんあい)にひか
されて。おぼつかなしと思ふものを。愚智(ぐち)な女の心(こゝろ)といひ。朝夕(あさゆふ)はなれず
手(て)しほにかけて。これまでに育(そだて)あげたるいとし子を。すゝめて殺(ころ)さす
胸(むね)のうち。御推量(ごすいりやう)くだされかし。しかのみならず娘(むすめ)楓(かへで)。しばしのわかれと
いひながら。世(よ)の中(なか)の親(おや)の情(なさけ)は。我子(わがこ)の片輪(かたわ)をどこまでも。かくして