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やるが常(つね)なるに。諸人(しよにん)に顔(かほ)をさらさせて。丹波(たんば)の国(くに)の恩果娘(いんぐわむすめ)と。
のち〳〵までもはぢを残(のこ)さす不便(ふびん)さよ。妾(わらは)が身(み)せめて十 年(ねん)とし若(わか)
くば。此(この)身(み)を売(うり)ても。娘(むすめ)にうき目(め)は見せまじものをと。くどきたて〳〵。兄弟(きやうだい)
ふたりの手(て)をとりつゝ。夫(おつと)におくれをとらせじと。たへしのびつるため涙(なみだ)。
瞼(まぶた)の堤(つゝみ)をおしきりて。あふれおつるぞことわりなる。なむ右衛門 始終(しじう)を
聞(きゝ)。うたがひはるれば百倍(ひやくばい)かなしく。鉄石(てつせき)のごとき心(こゝろ)にも。肝(きも)にやきがねさゝ
るゝ思ひ。五臓六腑(こぞうろつぷ)悩乱(のうらん)し。しばし詞(ことば)もいでざりしが。やゝありていひけるは。
文弥(ぶんや)事(こと)若君(わかぎみ)と同年(どうねん)といひ。剃髪(ていはつ)の姿(すがた)といひ。顔(かほ)かたちも似(に)たる
ゆゑ。おん身(み)がはりと思ひつきては見しかども。何(なに)いふも盲目(めしい)にて用(よう)にたゝず
と。一図(いちづ)に思ひて。死首(しにくび)のまぶたをふさぎ。盲目(めしい)めあきのへだてなき所(ところ)
にはつゆはかりも心(こゝろ)つかざりし。楓(かへで)も容(かたち)はすぐれたれども。片輪(かたわ)なれば
身うりもならず。嗚呼(あゝ)ふたりの子(こ)どもは持(もち)ながら。親(おや)の恩果(いんぐわ)が子に
報(むくい)。忠義(ちうぎ)の用にたゝざる事(こと)よと。残念(ざんねん)に思ひしが。おことをはじめ兄弟(きやうだい)の
子(こ)どもら。たぐひまれなる心底(しんてい)かな。持(もつ)べきものは子(こ)なるぞやといひて。涙(なみだ)と血(ち)と
相和(あいくわ)して。滝(たき)のごとくに流(なが)しけり。文弥(ぶんや)は母(はゝ)の介抱(かいほう)にて。やう〳〵と起(おき)
なほり。おとなしやかに手(て)をつきていひけるは。渇(かつ)しても盗泉(とうせん)の水を
飲(のま)ずとやらんきくものを。母(はゝ)うへのおふせとはいひながら。盗(ぬすま)ぬ金を盗(ぬすみ)し
と。親(おや)をいつはる詞(ことは)の罪(つみ)。おんゆるしくだされかし。果報(くわほう)つたなくて。生(うま)れ
もつかぬ盲目(めしい)となりぬれば。せめて芸道(げいどう)をはげみ。父(ちゝ)母(はゝ)老後(ろうご)の
心を安め。片輪(かたわ)な奴(やつ)に御不便(ごふびん)をくはへ玉ひ。御養育(こよういく)くだされし。大 恩(おん)を
むくはんものと。それたのしみに四年(よねん)このかた。精神(せいしん)をこらせしが。此度(このたび)若君(わかぎみ)
に一 命(めい)をたてまつり。姉(あね)うへも身(み)を売(うり)玉へば。此(この)末(すへ)はさぞ心ぼそくおぼさ