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どこにおはすぞと。いひつゝはひよりて。なむ右衛門にとりすがり。身(み)う
ちを探(さぐ)りつ。撫(なで)まはしつ。御苦労(ごくろう)をなさるゝゆゑか。いかうやつれが見(み)へはべる。
かならずわづらひ玉ふなよ。とかくおん身(み)恙(つゝが)なく。寿(ことぶき)長(なが)くおはしませと。今般(いまは)
のきはまで孝心(かうしん)の。ふかき詞(ことば)をきくになほ。なむ右衛門 胸(むね)ふさがり。主君(しゆくん)の
御先途(ごせんど)見とゞけて后(のち)は。藤波(ふぢなみ)が縁者(えんじや)をたづね。恨(うら)みの刃(やいば)にかゝりて死(し)す
べき。かねての覚悟(かくご)なれば。思へば蜉蝣(ぶゆう)の一期(いちご)にて。翌(あす)をもしらぬこの身(み)
なるに。夫(それ)とはすこしもしらずして。長生(ながいき)せよとは。いとをしのいひごとよと。心(こゝろ)に
は思ひながら。口(くち)にはえいはず。過去(くわこ)の修因(しゆいん)今生(こんじやう)の現果(げんくわ)。つたなかりける
我(われ)かなと。のみいひて。とかく涙(なみだ)にむせびけり。礒菜(いそな)。楓(かへで)。両人(りやうにん)は文弥(ぶんや)が左右(さいう)
にとりつきて。これが三世(さんせ)のわかれかと。声(こゑ)もおしまず泣(なき)ければ。文弥(ぶんや)は
ふたりが身(み)うちをさぐり。せめての事(こと)にたゞ一目(ひとめ)。おん顔(かほ)を見(み)て死(しに)たきこと
ぞ。盲目(まうもく)となりしは何(なに)の因果(いんぐわ)と。又 今更(いまさら)にかきくどきて。血(ち)を□□り
泣(なき)けるが。折(おり)しも空(そら)に時鳥(ほとゝぎす)。一声(ひとこゑ)なきて過(すぐ)るにぞ。死出(しで)のたをさの道(みち)しるべ
ながく苦痛(くつう)をせんよりは。少(すこし)もはやく父(ちゝ)うへの。おん手(て)にかゝるにしくなしと。西(にし)に
むかひて合掌(がつしやう)し。しばらく念仏(ねぶつ)をとなへつゝ。いざ〳〵と催促(さいそく)し。首(くび)さしのべ
て。まちければ。なむ右衛門 子(こ)にはげまされて身(み)を起(おこ)し。刀(かたな)を抜(ぬき)そばめ
やがてうしろに立(たち)まはりけるが。前(さき)に斬(きり)しは怒(いかり)の刀(かたな)。今(いま)の刀(かたな)は恩愛(おんあい)の。切(せつ)なる
思ひの剣(つるぎ)なれば。手(て)も抖(わなゝ)き脚(あし)も軟(なへ)ぎて。いづくに剣(つるぎ)を打(うつ)べしともおぼえず。
今(いま)聞(きゝ)つる琵琶(びは)の唱歌(しやうが)。熊谷(くまがへ)の次郎は敵(てき)でさへ。敦盛(あつもり)を打(うち)かねつる
ものを。現在(げんざい)我子(わがこ)を斬(きる)おもひ。いかでかたへ忍(しのぶ)べきと。前後不覚(せんごふかく)の体(てい)なりしが。
時刻(じこく)うつりて仕損(しそん)じなば。かれが忠死(ちうし)も水(みづ)の泡(あは)と。おもひきり〳〵。よろめく
足(あし)をふみしめつゝ。若我成仏十方世界(にやくがじやうぶつじつほうせかい)。念仏衆生摂取不捨(ねんぶつしゆじやうせつしゆふしや)。南無(なむ)