翻刻!江戸の医療と養生

コレクション: 模範解答付きコレクション1

昔話稲妻表紙 - 翻刻

昔話稲妻表紙 - ページ 94

ページ: 94

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阿弥陀仏(あみだぶつ)と。声(こゑ)もろともに。はつしときれば。むざんやな。首(くび)は前(まへ)にまろびおち。 躯(むくろ)はうしろにたふれたり。礒菜(いそな)。楓(かへで)は。太刀音(たちおと)と。共(とも)にさけびて打(うち)ふしぬ。折(おり)しも 遠寺(ゑんじ)の鐘(かね)の声(こゑ)。はや三更(さんかう)の時(とき)なれば。猶予(ゆうよ)ならずと立(たち)よりて。かの金(かね)を とりをさめ。手(て)ばやく躯(むくろ)を葛篭(つゞら)にかくし。泣伏(なきふす)妻(つま)を引(ひき)おこし。泣(ない)て居(お)る処(ところ)に あらず。此(この)金(かね)持(もち)て裏道(うらみち)より。かの巻物(まきもの)を買取(かひとり)来(きた)れ。娘(むすめ)は今宵(こよい)生別(いきわかれ)。しば しもなごりをおしむべしとて。鮮血(なまち)したゝる首(くび)たづさへ。両人(りやうにん)をひきたてつゝ。 へだての紙門(ふすま)をたてきりて。その後(のち)音(おと)もなかりけり。約束(やくそく)の時刻(じこく)ぞ と。里星(くろぼし)眼平(がんへい)手(て)の者(もの)をゐて来(きた)り。やよ〳〵なむ右衛門。若君(わかぎみ)の首(くび)打(うち)しか。いかに 〳〵とよはゞれば。一間(ひとま)のうちよりなむ右衛門。首桶(くびおけ)をたづさへて。打(うち)しほれつゝ あゆみ出(いで)。厳命(げんめい)もたしがたく。いたはしながらおん首(くび)打(うち)候ひぬ。いざ御点検(ごてんけん)と さしいだせば。眼平(がんへい)いはく。某(それがし)月若(つきわか)どのをよく見 知(し)りたる事(こと)は。かねて知(しり)たる なんぢなれば。よも仮首(にせくび)はわたすまじ。もし又すこしもいつはらば。忽(たちまち)なんぢが身(み) のうへなりと。にらみつゝ。首桶(くびおけ)を引(ひき)よせて。已(すで)に蓋(ふた)をとらんとす。なむ右衛 門は若(もし)仮首(にせくび)と見あらはさば。きり死(じに)すべき斍悟(かくご)にて。袖(そで)の下(した)に刀(かたな)を抜(ぬき)かけ。 かたずをのみてひかへしは。げに危(あやう)くぞ見えたりける。眼平(がんへい)蓋(ふた)をとりのけて。これ はとおどろく体(てい)なりしが。文弥(ぶんや)が首(くび)の口中(かうちう)より。陰気(いんき)を吐(はく)と。なむ右衛門が目(め)に のみ見へしが。眼平(がんへい)忽(たちまち)眼(まなこ)くらみ。いかにも月若(つきわか)どのゝおん首(くび)に相違(さうい)なし。よく打(うち) つるぞと賞美(しやうび)して。首桶(くびおけ)をとりおさめ。従者(じゆうしや)をちかづけ。とほまきの人(にん) 数(ず)を。とく〳〵ひかすべしと下知(げち)をなし。ふたゝびなむ右衛門にむかひ。若君(わかぎみ)の首(くび) 打(うち)たるうへは。汝(なんぢ)においてかまひなし。旧悪(きうあく)の罪(つみ)あれども。此度(このたび)の㓛(こう)により。大殿(おほとの)の 御前(こぜん)。よきにとりなしつかはすべしと。いひ捨(すて)て。人数(にんず)を引(ひき)つれ立(たち)かへる。なむ右 衛門ため息(いき)を吻(ほ)とつきて。とほまきの人数(にんず)を引(ひけ)ば。もはや気(き)づかふ事(こと)なし