翻刻!九州大学の書物たち

コレクション: 漂流記コレクション

南漂記 - 翻刻

南漂記 - ページ 56

ページ: 56

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【右丁】             安南 琉球(りうきう)女真 朝鮮(てうせん)呂宋(ろそん)暹羅(せんら) 諸書に出る関帝庿(くわんていびよう)之記 其外惣而 庿宇(びようう)を建(たて)祭(まつり)をなし             諸㕝 不祈(いのらす)といふ事なし 余(よ)往年 燕都(ゑんと)にをもむく遼東(りやうとう)より帝京(みやこ)に至まで數(す)千里の 名城(めいじやう)大邑(たいゆう)閭閻(りよゑん)衆盛處(しゆせいのところ)にをよび廟宇(びやうう)を建(た)て漢將(かんのしやう)壽亭(じゆてい) 侯(こう)関(くわん)公をまつらずといふ事なし人(じん)家に至(いたり)ても亦(また)私に畫(ぐわ) 像(そう)を設(もふ)け壁(かべ)にかけて香火(かうくわ)を置(をき)其(その)前(まへ)に於(おい)て飲食(いんしよく)必ず祭(まつる) 凡事あれバかならず祈禱(きとう)す官員(くわんいん)新(あらた)に任(にん)に赴(おもむ)くもの齋(さい) 宿(しゆく)して廟(びよう)に謁(ゑつ)す甚(はなはだ)肅處(しやう〳〵)なり余(よ)是を怪(あやし)んで人にとへバ 獨(ひとり)ならず北方のみ然(しかる)ことをなすに在々(ざい〳〵)かくのごとし天下に 【左丁】 遍(あまね)しと云萬暦壬辰のとし我國 倭軍(わぐん)のために侵所(おかさるゝところ)の國(くに)幾(いく) バくならん亡(ほろ)ぶ天 朝兵(てうひやう)を發(はつ)してこれを救(すく)ふ六七 載(ねん)連(つらね)て 丁酉(ひのととり)のとし冬天 將(しやう)諸營(しよゑい)の兵(つハもの)を合(あわ)して進(すゝん)て蔚山(うるさん)の壘(るい)を攻(せむれ) れども利(り)あらず戊戌(つちのへいぬ)正月初四日 師(いくさ)を退(しりぞ)く遊撃(ゆうげき)将軍(しやうぐん)陳寅(ちんいん) と云もの有て力戦(りきせん)して賊(そく)の丸に中(あた)る載(のせ)て漢都(かんと)に還(かへ)る病(やまひ)を 調(とゝのへ)しむ迺(すなわ)ち寓(くう)候 所(ところ)崇禮門(そうれいもんの)の外(ほか)の山 麓(ふもと)に於て庿堂(びやうとう)一 座(ざ) を創起(さうき)なし神像(しんそう)を設(もふけ)て以て関王(くわんのう)を奉(ほう)ず諸將(しよしやう)揚經理(ようけいり)以下(いげ) 各(おの〳〵)銀両(ぎんりよ)を出(いだ)して其 費(ついへ)をたすく我國もまたこれを助(たす)く庿(びやう) 成(なつ)て上もまた往(ゆき)てこれを観(み)る余(よ)邊司(へんし)に備(そなわ)り諸僚(しよれう)と駕(が)に随(したが) ふて庿庭(びようてい)に詣(まうず)る其 像(ぞう)を再拜(さいはい)す土(つち)を塑(さく)して之(これ)をなハ面(おも)て