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【右丁】
赤(あかふ)して重棗(てうそう)のごとく鳳目髯(ほうもくひけ)垂(たれ)て腹(はら)を過(す)ぎ左右(さゆう)二人 塑(つちにんけうし)て
大劒(おゝきなるけん)を持(もち)侍立(じりう)すこれを関兵周倉(くわんへいしゆそう)といふ儼然(げんぜん)として生(いけ)るが如
く是(これ)より諸將(しよしやう)出(で)入ことに參拜(さんはい)して東国(とうごく)の為(ため)に神助(しんじよ)を求(もとむ)る
といふ賊(そく)却(しりぞい)て五月十二日火に廟(ひよう)中に祭(まつり)て云(いわ)く是(これ)関王(くわんのう)の生
日若(も)し雷雨(らいう)の異(ことなる)こと有にきハ則(すなはち)神至なりと是(この)日天氣 清(せい)
明(めいにして)午後(ひるすぎ)黒雲(くろくも)四方(よも)に起(おこ)り大 風(かせ)西北より来(きた)り雷雨(らいう)並(なら)ひ作(おこ)る煩(しバら)
くありて止(や)む衆人(しやうじん)皆(みな)喜(よろこん)て曰(いわく)王神(わうしん)下(くだ)り臨(たまへ)りて既(すて)にしにして又 嶺(れい)
南(なん)と安東(あんとう)星州(せいしゆ)二邑に於て廟(ひよう)を建(た)つ安在ハ則(すなわち)石(いし)を斲(けづり)て
像(ぞう)をなす星州(せいしゆ)土塑(つちをさたて)而(しかふして)星州(せいしゆ)甚(ハなは)だ霊異(れいい)の跡(あと)を著(あらハ)すと云(い)ふ
未(いま)だ幾(いく)バくならず倭(わの)酋(しゆ)関白(くわんバく)平 秀吉(ひでよし)死(し)す倭(わの)諸屯(しよこう)悉(こと〴〵)く皆(みな)
【左丁】
撤去(すてさる)此(これ)また理(り)の測(はかり)がたき者なり豈(あに)偶然(ぐうぜん)ならんや昔(むかし)符堅(ふけん)
入て冦(あだ)す晋(しん)の謝安(しやあん)姓節(せいき)旗皷(そこ)を以て蔣子文(しようしぶんか)廟(びやう)を禱(いの)る謝(しや)
玄八万の偏師(へんし)を以て強秦(きやうしん)六十萬に■■八公山の草(さう)木 風聲(ふうせい)鶴(くわく)
唳(れい)説(せつ)の如(こと)き者(もの)にて神助(しんしよ)とす況(いわん)や関王(くわんのう)英雄(ゑいゆう)剛(ごう)大の氣(き)を以
て其(その)正(たゞ)しき救(たす)け賊(そく)を討(う)つの志(こゝろさし)萬古(ばんこ)を貫(つらぬい)て一日の如し死(しゝ)て
滅(めつ)せず安(いつく)んぞ神 應(のう)なき事を知(しら)んや嗚呼(あゝ)烈哉(はげしきかな)京師(けいし)の庿前(ひやうせん)二
の長(なが)き竿(さほ)を立(たて)て両旗(ふたつはた)をかけ一ツにハ協天(きうてん)大 帝(てい)と書し一ツにハ
威震(いにふるふ)華夷(くわいに)と書し字(じ)大椽(たいてん)の如く風に因(より)て平空(しんくう)に飄拂(ひよふつ)を遠(ゑん)
近(きん)皆 仰(あをい)で而(しかふして)之(これ)を見る其 帝号(ていがう)も亦(また)皇朝(こうてう)の追崇(ついそう)する所と其 尊(そん)
崇(そう)の至(いた)るを見るべきなり《割書:庿之記全文にかわらずといへと諸書にいづる|所をもつて和解して爰に記す》