翻刻
【右丁】
にて程(ほど)なく汀(みぎハ)へこぎ寄(よ)せ嶌(しま)へ上(あが)りけるが日本人とハ違(ちがひ)□
髪(かみ)にて髭(ひげ)ながく小(ちい)さきくしにて髪(かみ)を寡(す)きとめ猟舟(りようふね)
にて以上六人 乗也(のりなり)舟頭(せんどう)清蔵ハ病氣(びやうき)ゆへ源三郎右 猟舩(りやうせん)
の人へ難舟(なんせん)の次第(しだい)を語(かた)り助(たす)けくれ候へと相頼といへ共一ツ
も聞取(きゝとり)不申 故(ゆへ)に文字(もじ)にて何國(なにといふくに)と相尋(あいたつね)候へハ安南國西
山(さん)離嶌(はなれじま)と答(こた)へまた其方 達(たち)ハ何国(いつれのくに)と問(とひ)候故日本と書(かき)
見せ候へバ日下(ひのした)かと問(とふ)日下 舩(ふね)難風(なんふう)に合 帆柱(ほはしら)を折(をり)楫(かち)を碎(くだ)
き其上 病人(びやうにん)在之(これあり)何卒(なにとぞ)助呉(たすけくれ)候 趣(をもむき)を書取(かきとり)みせ候へバ承知(しやうち)の
由(よし)仕形(しかた)にて答(こたへ)夫(それ)より十六人とも小舟(こふね)に乗(の)せ行(ゆき)海上四里
【左丁】
はかりとおもふ比(ころ)家数(やかず)廿 軒(けん)斗有 小湊(こみなと)へ舩をつなぎ置(をき)弐
人を此方ともへ附(つけ)をき三人は陸(くが)へ上り何方(いづかた)へか出行(いでゆき)けるが
また〳〵我(われ)〳〵(〳〵)存じ候ハ折角(せつかく)人里(ひとざと)へハ来(きた)るといへども日本の
地にてハなく幾千里(いくせんり)の波濤(はとう)をこへ唐人どももし諸国(しよこく)へ 見(み)
世物(せもの)など賣渡(うりわた)しなどせまじやとさま〴〵の事おもひわび
又々 胸(むね)をいため三人の帰(かへ)り来(きた)るを今や〳〵と相待(あひまち)内此所の官(やく)
人(にん)と候人 駕籠(かご)に乗(のり)し人両人また跡(あと)に引續(ひきつゞ)き八人ハ歩行(かち)
にて最(さい)ぜんの三人も帰(かへ)り上 官人(やくにん)舟はたへ来り此内 舟頭(せんどう)へ
上(あが)り可申 書附(かきつけ)見せ候ゆへ源三郎罷出れハ委細(いさい)に被尋(たつねられ)□