← 前のページ
ページ 70 / 104
次のページ →
翻刻
【右丁】
《割書:但し舩のこと|奥にあり》彼地(かのち)に趣(おもむき)未合戦半(いまたかつせんなかハ)にして双方(そうハう)討死(うちしに)多(おゝ)く
殊(こと)に国王の武器(ぶき)未 備(そな)わらずその上西山国ハ王城より
百里も北東 故(ゆへ)寒気(かんき)強(つよ)く征伐(せいばつ)を春へ延(のば)し十月中旬 軍(ぐん)
勢(せい)みな〳〵帰帆(きはん)をなし無程 軍器(ぐんき)不残(のこらず)調(とゝの)ひけれバ當卯
年三月上旬より又々 軍舩(ぐんせん)海(かい)上にならび数(す)十 艘(そう)のふね
日々に出(しゆつ)帆なすこと扠々(さて〳〵)美々敷(ひゝしき)事どもなり
此一件国人の物語にて聞取なり兵舟ハ不残見しまゝ後に記
但し逗留中 占城(チヤンハン)東甫塞(カボウチヤ)各 裸(はだか)国なり
尤安南の属国にて南天竺の内なり此邊十一度半の所なり
裸国より千人斗加勢として来りし人不残はたか身にて
【左丁】
こしより下ハゴンのこときものをはく穿立(いきたて)の節(せつ)ハいかやうの
ものを着(ちやく)するやと申あへり磯端(いそばた)より兵舩凡三百艘斗
海上へ續あり壱艘三百人乗りの積りのよし国人申之
舩 南京舩(なんきんふね)の造(つく)り形(かた)
帆柱(ほばしら)三十六本
大サ東本願寺 御堂(みどう)程(ほど)有
壱艘(いつそう)三百人 乗(のり)《割書:但し豕(ぶた)羊(ひつし)其外米 塩(しほ)|油壱艘 毎(ごと)に積(つみ)入る也》
籏(はた) 指物(さしもの) 吹貫(ふきぬき)但し五色なり
鉾(ほこ) 鎗(やり) 数(す)十本 建(たて)る