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【右丁】
阿媽港
四月卅日 阿媽港(あまかわ)カボヲの便舟(びんせん)に乗(のり)卅六本の帆柱(ほばしら)を
立(たて)順風(しゆんふう)よく南風を受(うけ)晝夜(ちうや)八日の間 海上(かいしやう)道法(みちのり)凡六
百里斗 北(きた)へ走(はし)り五月七日 阿媽港(あまかわ)の湊(みなと)へ着(ちやく)し《割書:廣東(かんとう)の南に|當る国なり》
舟手代(ふなてだい)早速(さつそく)王城へ注進(ちうしん)なすといへど國王より見届(みとゞけ)
官人(やくにん)も来(きた)らず其上(そのうへ)宗門違(しうもんちがい)の日本人なればその儘(まゝ)打(うち)
捨置(すておく)べきよし取上(とりあげ)これなき趣(をもむき)舟手代よりわれ〳〵へ
申 聞(きか)し皆(みな)〳〵(〳〵)十方(とほう)にくれいかゞなすべきやと舩頭(せんどう)カボヲへ
だん〳〵相 頼(たのみ)ければたとひ国王よりかまわすかまわずとても安南は
【左丁】
平生(へいぜい)交易(うりかい)の土地(とち)殊(こと)に安南國王よりの御 頼(たのみ)もあれば
廣東舟(かんとうふね)来(きた)るまてはゆる〳〵舩中(せんちう)に逗留(とうりう)致(いたす)べしと諸(しよ)
事(じ)いたわり呉(くれ)候ニ付 心落着(こゝろおちつき)舟懸(ふなかゝり)なす内も宗門違(しうもんちがい)
の国とあれば不時(ふじ)に変(へん)のあるべきもしれす只(たゞ)天命(てんめひ)
に任(まか)せくらしけり扠(さて)また三度の食物(しよくもつ)も安南とちが
ひ肉食(にくじき)斗にて腹中(ふくちう)のこなれあしく廣東舟(かんとうふね)来(きた)る
を順風(しゆんふう)待(まつ)ごとくにおもひ凡七十日も舟中(せんちう)に住(すま)ひなし
神々(かみ〳〵)へ無事(ぶじ)をいのり目(め)の及(をよ)ぶ所を詠(なが)めるより外(ほか)他事(たじ)
もなく日数(ひかず)立(たつ)内(うち)に此地の詞(ことば)覚(おほへ)しあらましこゝに