翻刻!九州大学の書物たち

コレクション: 漂流記コレクション

南漂記 - 翻刻

南漂記 - ページ 76

ページ: 76

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【右丁】 王城は湊(みなと)より見附(みつけ)の嶌山(かうざん)を中(なか)に取(とり)こみ遥(はるか)の旋頭(せつとう)よ り麓(ふもと)まで石垣(いしがき)高く頂上(てうじやう)の中段(ちうだん)に五重(こじう)の塔(とう)あり遠(とふ) 見櫓(みやくら)其次にあり夫より狭間(はざま)一廻(ひとめぐ)り〳〵に石火矢臺(いしひやだい)又 鉄炮穴(てつほうあな)数限(かずかぎ)りなし町は麓(ふもと)に取廻(とりまは)し湊口(みなとぐち)に嶌塀(たかへい) 丈余(じやうよ)に築(きづき)石火矢(いしひや)車(くるま)にしかけ常(つね)に軍(いくさ)の備(そな)へ有二十人 三十人ヅヽ鉄炮(てつはう)をかたげ火縄(ひなわ)に火を付(つけ)幾組とのふ城 外に續(つゞ)きたる山々(やま〳〵)を廻(めぐ)ること一晝夜に数度(すうど)なり此 湊(みなと) へ諸国(しよこく)の商舩(しやうせん)入来時(いりきたるとき)は早(さす)そく吹貫(ふきぬき)のあう合印(あいしるし)を立(たて)るなり 合印なければ遠見櫓(とふみやくら)より国王へ訴(うつたへ)鉄炮(てつほう)打(うち)かけ責(せむ)る也 【左丁】 《割書:但し諸国の商売(あきない)舩合印國王にも在之 入舩(にふせん)の時|王城よりも湊口(みなとぐち)に立(たつ)出舩届(しゆつせんとゞけ)相済(あいすめ)ば引取なり》     盆 十人の者 始終(しじう)舩中(せんちう)に日(ひ)を送(おく)りければ只(たゞ)濱邊(はまべ)に見ゆる 双木(なみき)の大木(たいぼく)と城(しろ)のかゝり城外(じやうぐはひ)の山々(やま〳〵)より外(ほか)目(め)に及(をよ)ぶもの なし諸木に群(むらが)り集(あつま)る鳥(とり)は日本にさして替(かは)りなくされ ども烏(からす)はなき国なるや前後(せんご)七十日ばかり一疋も見あ たらず阿媽港(あまかわ)の町(まち)は外(ほか)に丈余(しやうよ)の高塀(たかへい)有(あれ)ば何事も□ら ず斯(かく)て七月十五日十六日は国中(こくちう)若(わか)き者(もの)濱邊(はまべ)に出て