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【右丁】
遣(つか)し跡(あと)にて右の男(をとこ)より戻(もど)し候 銭(せに)無時(なきとき)は帯(をび)をとき
裸(はたか)になしつつぱなし候事まゝあり日々(にち〳〵)町々(まち〳〵)に幾(いく)
度(たひ)といふ限(かぎ)りなく朝(あさ)より暮(くれ)までかやうなる徒事(いたつら)な
すもの多(をゝ)し是(これ)も此国にての一笑(いちせう)なり此國にあることも
早(はや)一月に近付し所 上官人(おもやくにん)来(きた)られ近日(きんじつ)出舟(しゆつせん)の事(こと)申
渡(わた)し有 夫(それ)よりめい〳〵用意(ようい)をなしにけり
《割書:惣(すべ)て清朝の詞(ことは)は和板にある唐話参要と言(いふ)本の一之 巻(まき)にて|唐音(とういん)相わかり候此本後にうつし本をもらい見申候》
《割書:廣東(かんとう)にて近き家の人より源三郎へ|餞別(せんへつ)の写(うつ)し本一冊斗其余墨之》
【左丁】
乾隆乙酉秋重鐫
文昌孝經 平湖西内 文昌閣藏板
右之通戸平にあり
但し序文五枚一丁宛別也丁數五十丁閉本
初丁
文昌孝經
開經偈 浩浩紫宸天・・・
・・・・・右三行在
眞君曰
乾爲大父。坤爲大母。