翻刻!九州大学の書物たち

コレクション: 漂流記コレクション

南漂記 - 翻刻

南漂記 - ページ 95

ページ: 95

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【右丁】 へ商人(あきんど)の躰(てい)豊(ゆたか)にして諸 代呂物(しろもの)を店(みせ)ごとにかざり建(□□)□ づきし家(いへ)は何程(なにほど)と云(いふ)かぎりもしれず朝(あさ)五ツ半比より 八ツ時まで一筋(ひとすじ)の通(とを)りし事大城下とおもはれ町を出 はなれ五六町も来(きた)り又々(また〳〵)舩(ふね)へ乗(のり)夫(それ)よりは毎日(まいにち)國々(くに〳〵) を左(ひたり)に見(み)《割書:但し已前(いぜん)よりし川口と違(ちがひ)出口の方へ舩 廻(まは)りあり始川|口より上りよく日此所へ来るまて人足(にんそく)出る㕝 官所(やくしよ)有》 《割書:て問屋塲(といやば)のごとく九人の者は皆々(みな〳〵)駕籠(かご)|に乗(の)り何事も日本にかわることなし》右(みき)に見(み)て舟路(ふなち)此所より 四十二日目 左甫(さふ)の川口へ入にけり     左甫 【左丁】 廣東(かんとう)より舩路(ふなぢ)凡二月斗にして卯十一月三日左甫の 川口へ着《割書:此國 浙江(せつこう)の寧(ねい)ノ波府(はふ)といふ唐(とう)の代(よ)明州(みんしう)の津と言し所|なり但し北極出地事三十一度也 中華(もろこし)第一の湊にして》 《割書:諸国より日本へ渡海(とかい)舩のこらず|此所にて順風(しゆんふう)待所なり》斯(かく)て舟中(せんちう)より向ふをみれ ば此国の官人(やくにん)濱側(はまがわ)の番所(ばんしよ)に立候人有其外上下三四 十人斗是を守り護送官(こそうくわん)は此方廿九人を召連(めしつれ)陸(くが)へあが り所の官人(やくにん)へ挨拶(あいさつ)有其後めい〳〵を駕籠(かご)に乗(の)せ官人(やくにん) 先(さき)に立けいこあり引 續(つゞき)て護送官(こそうくわん)通辞(つうじ)其外 下官(げくわん)に至(いた)る まで行烈(きやうれつ)次第(しだい)を正(たゞ)し城下の町二里ばかりを通り抜(ぬけ)城惣 門の手前に片側(かたかわ)半町に三四軒の明屋敷有此所へ伴(ともな)ひ