翻刻
「右帖」
頭乗り舟船飾りして金鞁を能世陣羽織を着した(一字消す 朱字
左)
右には小船頭四人四艘之舟を並べ何茂陣羽織を
着し船印を立其次に御用丸四艘に使番之ために?(朱字 倉)役を
乗せ大詰に為用心大銃役乗り船三艘仕懸銃抱大
銃玉薬を込早ばう切火縄に而何茂陣羽織鉢養胸かけ
たち付を着す?には赤祢の御船印を立?甲持物熊
手鳶口等を飾りておし向う扨五拾艘之浦舟手ん手んに竹
棒を持唐船之船縁をたたき追たつる唐人共右往(うわう)
左往(さわう)にさはぎ俄に帆を引廻し高帆持せ風を求む
れとも更に風少も不吹七艘の唐船浦舟鯨舟ひたひたと
「左帖」
漕仕竹棒に而船端をたたき帰帆いたし候得と云て
惣船より声をたて候追払下之方に福州(ぼくちう)船壱艘
唐人うろたゑ(周章)たる計に而船更に不動故惣船押寄せ
猶も稠敷追立る処に唐人壱人艫先へ出大繩を
海になけ下し物を云て手やうを致故船手差心
得是は定而瀬に乗上る故うごかすと見へたりあの大
縄を浦船よりこぎ船可致候宮本伝太夫下知を
なし小船頭才判す浦船打寄せ大綱に手にてに小縄
を付大鞁を打頭漕しける故白嶋より下も漕出す
日も西にかたふき何とや晩雨に気付たる故申の下