翻刻
【右丁】
ふとん抔も打上け皆々涙なから死骸を磯辺小高き所へ穴をほり度思ひ手まね
致し候得は唐人とも手々に穴をほり呉十四人之者涙なからほふむりゑこふ
いたし申候唐人申は此船へ乗り抔左候得はバサイ有所へ連行と云□方より
余り小船二度之破舟おそろしきと云手まねいたし大船を望候得は九日に者
少々大ぶりの舟乗来是に乗へしと言う云十四人之者其舟に乗バサイト云は家□有と
云事也此村三拾軒計家有其内役人とおほしき者壱人来銘々を壱軒に
二人三人つゝ割賦附宿を申候此所之家は弐間に三間位の家多し屋根は
かやをならへ壁はなしかやをかき付て有入口高さ四尺計横巾は弐尺
計/床(ユカ)は弐間厚さ二寸計の板をならへ夜分に而も夜着ふとんなし食物は
いも又ぶた少々つゝ有此所之者日本之衣類はもち論何に而もほしかり申也此所に
三日逗留致し是ゟ次村へ送る至而高山也道あしく木の根に取付き登下り
致し日本之山とは違至而免【けん=嶮ヵ】山也夫ゟ次村へ泊り是ゟ十二日晩舟を拵へ
【左丁】
【頭注に△の記号】
ヅシンテイと申処へ其夜子の頃着おふきなる納屋へ入置翌日雨天に而矢張納屋に
居申処へ侍とおほしき者拾五六人衣類は羅紗じばんつゝ袖胸はボタンはせを付け股引
くつをはき皮ひも付たる刀を左脇に落し又右へ鉄砲の薬皮籠を下け頭にづきん
【頭注に□の中に×の記号】
を着来是ゟ道を払ユバナと云処へ連行此所之屋敷凡百間計に十間計屋根はかや
ふきかべはねりへいの如幅壱尺五寸位戸口は弐ヶ所見附に鉄砲弐拾挺計かざり此所に而
委細吟味致し十四人之名を横字に認め其後頭分申は此所に居るへしと申候此所三日
逗留喰物はいもぶたやぎりの類也此所家数凡六七十軒扨夜分剱を頭
の上へ
【頭注に「田」の記号】
【振る、魔祓いのよしヵ】十五日此所を立舟に而渡るロブンテイと云所へ着此所に而出役七八人
【頭注に○の記号】
付添又舟に而/波丹(ハタン)国の内サルトリメンロと云所へ着海辺ゟ凡五十丁計歩行此所に二十間
四面程有屋敷内に二間に四間半程有納屋屋根はかや入口二ヶ所板戸
門戸に床板
計敷ものなし/窮【寝ヵ】(ネ)間は巾三尺五寸計に長さ六尺計の【壱畳台ヵ】也中は唐かつらの
あしろ也其上に弐人宛ふし申也上衆は/漢字(か)《見せ消ち:□|か》やをつり夫婦寝と云十四人之者を