翻刻!江戸の医療と養生

コレクション: コレクション3

目さまし草 - 翻刻

目さまし草 - ページ 19

ページ: 19

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共(とも)人(ひと)に普(あまね)く喧嘩(けんくわ)をかけ後(のち)被(られ)_レ改(あらため)_レ之(これを)組頭(くみかしら)四五人 成敗(せいばい)残(のこ)る者(もの)は指(さ)して 科(とが)にあらず一旦(いつたん)の知音(ちいむ)までの儀(ぎ)たる間(あいだ)被(さる)_レ寛(ゆる)_レ之(これを)組頭(くみかしら)名は◼◼【注①】と いふ者(もの)なり荊組(いばらくみ)とは人々(ひと〳〵)に喧嘩をかくるに依(より)てなり《割書:荊組(いばらくみ)は室町殿(むろまちとの)|日記(につき)天正(てんしやう)の条(くたり)》 《割書:にも見(み)ゆと|或人(あるひと)いへり》皮袴組(かははかまくみ)とは荊(いばら)にも劣(おとら)ざるとの儀(ぎ)なり依(よつて)_二此儀(このぎに)_一たばこを とゞめらる右の徒者(いたづらもの)もたばこより組(くみ)になると云(いふ)きせる大(おほひ)にして腰(こし)に さし下人(げにん)にも《振り仮名:為_レ持|もたせ》侯(そろ)云々(しか〳〵)   《割書:西鶴(さいくわく)がかける物(もの)の本(ほん)《割書:天和二年|印本》に云 小塩山(をしほやま)の名木(めいぼく)落花(らくくわ)らうぜき今ひとしほとをしまるく|けんぼうといふ男達(をとこたて)其 頃(ころ)は捕手(とりて)居合(ゐあひ)云々《割書:西鶴は寛永十九年の生れなり其頃と|いへるは慶長元和の頃をさしていへり》鳥部山(とりべやま)の|煙(けふり)とは五ふくつきの吸啜管(きせるつゝ)小者(こもの)にぺうたん毛巾着(けきんちやく)。ひなびたることにぞありける云々|又 寛永(くわんえい)正保(しやうはう)時代(じたい)銭湯風呂(せんたうふろ)の古図(こづ)を見るに其頃(そのころ)は常(つね)には煙管(きせる)をたづさへず|たま〳〵遊行(ゆふかう)の折はたづさふる事(こと)あれどもみづから懐中(くわいちゆう)せず奴僕(しもべ)にもたせたる|故(ゆへ)に丈(たけ)いと長(なが)しきせるの頭(かしら)雁(がん)の首(くひ)に似(に)たる故(ゆへ)に雁首(がんくび)の名目(みやうもく)残(のこ)れり火皿(ひさら)|いと大きし右に抄出(ぬきいた)せし西鶴(さいくわく)がかける書(しよ)の中に五ふくつぎのきせるとあるは|これなるべしとある者いへり又右の長管(ながらう)【注②】に巾着のごときたばこ入を結び付て》   《割書:ありさて山形(やまかた)の鉄管(てつくわん)に鍔(つば)のごときものあるはたばこ入を結(むす)びつくる料(れう)にはあらず|やと或人(あるひと)いへり》 此(この)実記(じつき)にてはじめてさとれり此頃(このころ)よりきせるもあり其名(そのな)はき せると呼(よ)びしもたしかにして又 近頃(ちかころ)山形(やまかた)より出(いで)たる鉄管(てつくわん)も其頃(そのころ) の物(もの)にて当時(そのかみ)悪少年(きほひもの)の玩物(もてあそび)にして闘争(いさかひ)の為(ため)に設(まう)けたることを しれり   《割書:図(づ)下(しも)にあり山形(やまかた)より出(い)でしものをはじめ見(み)たる時 専(もつは)ら吸煙(けふりをすふ)ものにはある|まじく或(あるひ)は鉄棍(ちつて)の用をなせるものにやと思(おも)ひし愚考(ぐかう)には果(はた)してあた|れり又たばこをとゞめ給ふは此時(このとき)其(その)最初(さいしよ)たるべし但(たゝ)しこれは鉄煙管(かなきせる)|を以(も)て喧嘩(けんくわ)をかける具(だうく)となせし故(ゆゑ)と聞(きこ)ゆるなりきせるの鍔(つは)は必(かなら)ず|ありしものにや新見老人(にいみらうじん)の説(せつ)を見(み)るべし》 又これにつきてきせるの名義(めいぎ)の愚考(ぐかう)ありそは長崎詞(ながさきことば)にて人を 打事(うつこと)をきせるといふよしきせてやる。きせてやれ。きせかける。などいふ 【注① 「◼◼」は2字分の墨消し】 【注② 「長」の振り仮名「なが」は「な」に濁点】