翻刻
右 旧記(きうき)のごとく当時(そのかみ)鉄煙管(かなきせる)は人を打(う)つ為(ため)に設(まう)け置(おき)しもの
なれば却(かへつ)て人をきせるものといふ和語(わこ)にてもあるべきか但(たゞ)し
これも亦(また)的証(よきあかし)とはなしがたし
《割書:関東(くわんとう)にて恩(おむ)にきせるといふことばありきせるはかけるこゝろ負(お)はせるの|義(こゝろ)あれば他(ひと)に物を あつ(━━━━)る かけ(━━━━)る おほす(━━━━━━)るの意(こゝろ)もあり長崎(ながさき)の詞(ことば)打(うつ)|こゝろなるべきか醒々(せい〳〵)の考(かうがへ)に羅山文集(らさんぶんしふ)に曰(いはく)当時(そのかみ)は葉(は)を刻(きざみ)て紙(かみ)に貼(てう)|しこれを捲(まき)て火(ひ)を吹(ふ)き其煙(そのけふり)を吸(す)ひ其後(そのゝち)はきせるを用(もち)ひて紙(かみ)に貼(でう)せず|きせるの製(せい)は或(あるひ)は鍮(しんちう)を用(もち)ひ或(あるひ)は竹(たけ)を用(もち)ひたばこを盛(も)るものは鍮(しんちう)を以て|作(つく)る牛翠花(あさかほはな)の形(かたち)のごとし云々(しか〳〵)と見えしによりて考(かんが)ふればらう竹に鍮(しんちう)の|類(るい)をきせてつくれるゆゑきせらうといひしがきせると呼(よ)べる事(こと)になりし|なるべしといへりらう竹の事(こと)正編(せいへん)に詳(つまひらか)なり其頃(そのころ)のべつけの鉄管(てつくわん)もあり又|巻(まき)たばこ等(たう)もあればそれとかわりし形(かたち)なれば時(とき)の詞(ことば)にてきせらうとも|いひしにやされども今のごとききせるはもと唐土(もろこし)より渡(わた)せるものに傚(なら)ひし|様(やう)にもきけばいかゞなるべきかこれ又 一考(ひとつのかうがへ)となすべし》
又 煙管(きせる)を野作(えみし)の詞(ことば)にてせれんぼうといふよし木(き)のつくりつけの長(なが)き
ものにてきせるの形(かたち)をなし上下(うへした)孔(あな)を貫(つらぬ)く其(その)名義(なのわけは)詳(つまびらか)にすべからず
扨(さて)奥州(あうしう)民間(みんかん)にて煙脂(やに)をせゝると呼(よ)ぶ是(これ)亦(また)何(なに)の謂(いは)れあるこ
とをしらばもしせゝはせゝりせゝるといふ義(こゝろ)にて鑿(さが)は探(さく)るの意(こゝろ)ある
歟(か)然(しか)れば煙脂(やに)の筒(らう)中に溜(たまる)をせゝり出すものゆゑにせゝるともいふ
なるべし夷言(えみしことば)のせれんぼうもあるひはせゝりぼうのこゝろかぼうは
和語(わご)の棒杖(ぼうでう)なるにや
正編中(ゑんろくちゆう)煙草(えんさう)にあづかれる事(こと)尽々(こと〴〵)く載(の)せて遺漏(もるゝこと)なきがごとし唯(たゞ)古来(こらい)
通称(つうしよう)のきせるの名義(めいぎ)未(いま)だ正(たゞ)しき証(あかし)を得(え)さるを恨(うらみ)とす後(のち)の識者(しきしや)を待(まつ)のみなり
扨(さて)きせるは織田信雄(おたのぶお)の時分(じぶん)にはやく今(いま)の世(よ)の製(せい)の如(ごと)きものありし
と見ゆこのころ一友人(あるともとち)の方(かた)より示(しめ)せし者(もの)ありこれはう浮世又兵衛(うきよまたびやうゑ)が