翻刻
ものは深(ふか)く愛(めで)賞(しやう)し又 其性(そのしやう)にあはずして憎(にく)めるものはいたくこれを
遠(とほ)ざくる事(こと)甚(はなはた)し
千種日記(ちくさにつき)《割書:天和三年あらはす所(ところ)作者(さくしや)|詳(つまひらか)ならす十二巻の紀行(きかう)の書也》大坂のしる人の許(もと)より人をこせて
服部(はつとり)たばことかや名(な)のりてすこ〳〵しうはこに入てをくれり人め
してきざませてすふにいとすとなる物(もの)には有(あり)けるあるしもすいて
此国(このくに)の名(な)をえたる物(もの)なりといふおほよそ此たばこといふ物(もの)百(もゝ)と
せこのかたあきつしまにわたりて《割書:中略|》しくはあれと今(いま)世中(よのなか)に
ひろこりて京(きやう)江戸(えと)のあつまるたばこのしな〳〵数(かず)しられぬ
ことゝなれりける中(なか)にも上野国(かみつけのくに)にたかさきいはさきいしはら
とて名物(めいぶつ)有(あり)かひの国(くに)に小松(こまつ)。くすりふくろ。信濃国(しなのゝくに)にけんこ。井上(ゐのうへ)。
いくさか。ほしな。さかき。などゝて有(あり)みちのくにゝ田代たばこ。仙東(せんとう)しろいし。
とて有(あり)ひたちの国(くに)にあかつちたはこ。大和国(やまとのくに)によしのたばこ丹波(たんば)にさゝ山。
ふくちやま。伊予国(いよのくに)にたんばらたばこ。阿波(あは)の国にのたのゐん。からさと。ゝて
名物(めいぶつ)あり越中国(ゑつちゆうのくに)にへつくそたばこ。長崎(ながさき)には青(あを)たばこ。白たばこ。とて
有このほか国々になを名を得たる多かるべし《割書:今の世 甲斐(かうしう)よりみなゐたばこてふ品(しな)を|出(いだ)すとなん文字(もじ)は薬袋(くすりふくろ)と書(かく)と也【注】》
《割書:これは往年(いにしとし)保己一検校(ほきいちけんぎやう)より抄録(ぬきかき)して大人(うし)へ贈(おく)れるなり按(あんする)に此天和三年 癸(みづのとの)酉|より今文化の十一年まては百三十二年となる此時すでに諸国(しよこく)にたばこの|名物(めいぶつ)有(あり)書中(しよちゆう)におほよそ此たばこといふ物(もの)百(もゝ)とせこのかた云々とあれば世(よ)に専(もつは)ら|ひろこりし時なり今の世に最上(さいぢやう)の品(しな)と呼(よべ)る薩摩(さつまの)国分(こくぶ)と称(しよう)せるものゝ名(な)は|見(み)えず向井氏(むかゐうぢ)の煙艸考(えんさうかう)には其名も出て又 他(た)の国々(くに〳〵)の名産(めいさん)の名も出せり近き|世(よ)にいたりては此等(これら)のたくひのみならずその国産(こくさん)の数(かず)〳〵種類(しうるい)夥(おびたゝ)しき事(こと)は|数百(すひやく)をもつて数(かぞ)にべきにや》
二百年このかた異朝(もろこし)にも盛(さかん)になりしことは諸書(しよしよ)に見(み)え真仮(しんか)。
【注 「と也」の左から下に「L」形の線あり 】