翻刻
こゝに於て大人(うし)の不学(ふがく)文盲(もんもう)なる愚夫愚婦(おろかなるおとこをんな)までも諭(さと)し示(しめ)さんとせし
深情(しんじやう)の本意(ほんい)を知(し)るもの稀(まれ)なるも亦(また)遺憾(いかん)といふべし夫(それ)此物(このもの)は其(その)
功(こう)と害(がい)の相半(あいなかば)する物(もの)なるを以て世(よ)の人々をして貴賤(きせん)を分(わか)たず心(こゝろ)を
用(もち)ひ過服(のみすぐ)さしめざる様(やう)にそれ〳〵の的証(しやうこ)を引(ひ)きて新(あらた)に八害(はちがい)の
説(せつ)を立(た)て痛(いた)く戒(いましめ)給(たま)ひしなりされども年々かく盛(さかん)に行(おこなは)れて皆(みな)
人(ひと)の口腹(くちはら)にもよく馴(な)れ染(そ)みたる事(こと)故(ゆゑ)今(いま)は昔(むかし)のさまにも似(に)ず古人(こじん)の
深(ふか)く戒(いまし)め且(かつ)悪(にく)みぬる程(ほど)にもあらぬにや扨(さて)味噌(みそ)ほど煙毒(えんどく)を解(け)す
ものはなしと先輩(せんはい)もいへるごとく今(いま)も試(こゝろ)みて知(し)る所(ところ)なり幸(さひは)ひに我国(わがくに)
の人は朝夕(あさゆふ)に此物(このもの)を飯食(めし)に添(そ)へ食(く)へる故(ゆゑ)に覚(おぼ)えずこれを解毒(げどく)す
る事(こと)なるべしすべて西北(にしきた)によりたる島(しま)の人々は殊(こと)さらにこれを
好(この)み愛(あい)すとかこはあながちに楽(たのし)みもてあそぶとにはあらず其(その)わた
りにてはこれなければ寒湿(かんしつ)の気(き)を避(さ)けふせぎがたき故(ゆゑ)なりされば
雨風(あめかぜ)をも浸(をか)しあらき浪(なみ)をもしのぎて漁(すなどり)たる魚(うを)をもて此 乾葉(かはけるは)と
かふる事(こと)とぞかの長城(ちやうじやう)を越(こ)えて西(にし)にあたれる韃靼(だつたん)蒙古(もうこ)の境(さかひ)
にて志那(しな)より送(おく)る交易(かうえき)の品々(しな〳〵)の中(なか)にも此(この)煙草(えんさう)第一(だいいち)の物(もの)也(なり)又(また)東(ひがし)
北(きた)の野作人(えみし)などは煙草を喜(よろこ)ぶこと甚(はなはだ)し珍(めづら)しき品(しな)を贈(おく)らるゝよりは
少(すこ)しの煙草葉(たばこのは)を与(あた)へらるゝを殊(こと)に喜(よろこ)びて米穀(べいこく)にひとしともきけり
然(しか)れば今は余考中(よかうちゆう)に深(ふか)く戒(いまし)め論(ろん)し置(おか)れしのみにもあるまじく
又 卒(には)かに改(あらた)めがたきはもとよりなりたゞ人々よく其 源(みなもと)を弁(わきま)へ知(し)り
頻(しき)りに用(もち)ひ過(すご)す事を用心し又 短管(みぢかきらう)を用ふるがごときも時々(とき〳〵)