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【右丁】
とあるこれぞまことに天地自然の飲食のはじめなるべし
人の世となりて一日片時もなくてかなはざるものは飲食也
代々之君この礼を重んじ官をたて司をまうけ斯道を司ら
しめあぢはひを分ち命をやしなはしむいかんぞ口腹のこ
のむまゝなるのみならんやもろこしの易牙は淄水澠水の
まじはりあへるを分ち知りたりといふさもなくてはかな
はぬ事なりもろこしの事はさておき人皇十二代景行天皇
淡の水門を渡り給ふ時海中に於て大なる白蛤を得給へり
磐鹿六雁といふ人がまを以てたすきになしこれを膾に作
りて帝に奉りけるより膳大伴部を賜ふ雄略天皇之御宇に
は長野といふ人庖丁之道に精通せしとなん清和、陽成、光孝
【左丁】
之御時我祖中納言政朝斯道に於て当時其右に出るものなし
ある日 勅命によつて庖丁式、五魚、三鳥、饗食膳の法、諸礼式
を定む堀川院之御時左京大夫顕輔庖丁之道に心ざしあつ
くして終に其術に長じ給ひしを時のみかどきこしめし叡
覧ましませし事たび〳〵ありしとなん順徳、後堀川之御時に
当て参議基氏も斯道を好み給ひ其漸のくはしからんをねが
ひて一百日之間鯉を庖丁ありしなりこれかれ皆我祖中納
言政朝之流を汲み給ひしとぞこのあとやさきに庖丁之道
を学びし人はあまたあれどもこゝにこれを略すそも〳〵庖
丁家といふは高橋、大隅、生間之三流を以て本とす高橋、大隅、
二家之事はさておき生間流と云は第一巻生間家歴代略譜