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翻刻
【右丁】
に記しおきたる如く中納言政朝九代之孫兼広之子兼慶家
業を以て鎌倉右府公に仕へし時/生間(イカマ)之姓を賜はりしより
生間と称すいつのころよりか四条流といふ一流世に生れ出
たりこれをたづぬるに四条家之元祖隆季公より数代之間
は庖丁之家にあらず其後に至りて我祖之中納言政朝を祖
とし四条流といふ一流を世に起しゝものにて四条家元祖よ
り伝はりしものにあらざるよしを聞伝へ侍るゆへ世に伝
ふる同家之系図を見るに聞伝へたる事といさゝかもたがふ
所なし他家之事をいへばあたりさはりにも成る事あらん
なれば猥にいふべからず今海内に庖丁伝来之家と称して
此道を教る人もありといへども皆古より相伝る流にあら
【左丁】
ず故に其作法を見聞に心ゆかぬ事どもあり又理にたがへる
様に思はるゝわざのなきにしもあらず是は其家之祖たるも
の庖丁之道に心ざし二三之法を得奥義をも極めずして其
子孫に伝へたるゆへ其伝も只一時之推案に出たるゆへに
やとおもはれ侍るされど他を非とするにあらず生間流は
其源遠けれども今に至るまで始祖よりの家伝を失はず古
法を伝へしは全く我宮之御かげにより奉る事よと心にふ
かくかしこみ思ふあまり我門にしたがふ人々にも我君之
かたじけなきをのべ知らしめ侍るものなり
庖丁人と料理人との区別之事
庖丁人を料理人といふものあり古人も庖丁人と料理人と