翻刻
【右丁】
五穀(ごゝく)を大切(たいせつ)にし。麤食(そしよく)を専(もつは)らにする事なり
予(よ)若(わか)かりし時 長崎(なかさき)にしばらく滞留(たうりう)し。《振り仮名:下の関|しも せき》へ
便船(びんせん)をもとめんと。松嶋(まつしま)といへる所へ往(ゆき)し道(みち)にて。空(くう)
腹(ふく)になりしかど。飯(はん)をもとむべき茶店(ちやみせ)もあらざれば
庄官(しやうや)とおぼしき家(いへ)にいたり云々(しか〳〵)のよしをいひて食(しよく)
を乞(こひ)たりしに。いと安き事なりとて。䈰(いかき)にさつまいもの
茹(ゆで)たるを入/椀(わん)に汁(しる)を盛(もり)て膳(ぜん)にすえ。持出(もちいで)させて
主人(あるじ)立出(たちいで)て云(いひ)けるは。当所(このところ)にては米を焚(たい)て喰(くふ)は稀(まれ)に
して朝夕(てうせき)は此藷(このいも)を食(しよく)し昼一度(ひるいちど)は麦飯(ばくはん)を食(しく)す
【右丁左下枠外】天保二十
【左丁】
されば昼(ひる)ならでは麦飯(ばくはん)とてもなければ。是(これ)をまいら
するなり。その薯(いも)を喰(くひ)て汁(しる)を吸(すひ)玉へといへり。此(この)
国々(くに〴〵)の田家(でんか)にては皆(みな)如斯(かくのことく)薯(いも)はかりを朝夕(てうせき)食(しよく)す
れども各(おの〳〵)壮健(そうけん)なり。都会(とくわい)にてたま〳〵米価(こめのね)貴(たか)き時
にあひ。わづかに麤食(そしよく)したりとも暫(しばら)くの事(こと)なるべ
きに。つらや堪(たへ)かたし抔(など)いひて恨(うら)みかこつは。勿体(もつたい)なき
ことなり。右/九州辺(きうしふへん)の人々の事を思ひやり都会(とくわい)の
難有(ありがたき)事をしり平日(つね)に倹約(けんやく)を守(まも)り玉ふべし
○雑粉団子汁(まじりこだんごじる)