翻刻!江戸の医療と養生

コレクション: コレクション4

木斎咄医者評判 5巻 - 翻刻

木斎咄医者評判 5巻 - ページ 11

ページ: 11

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さればにや竹斎の舅殿(しうととの)は。そのかみかけごきにはしをも かけたるらうにんにて。ぐわんにんぼう九代の/後胤(こうゐん)。朝起(あさおき) 日用のかみには三代の孫(まご)。左官(さくはん)の太夫すさはらのあつそん。 こてへらの嫡男(ちやくなん)。ぼていふりうり太郎かねみすと云 人也。にらみのすけ対面(たいめん)して。右之(みぎの)旨趣(ししゆ)をのべければ。 ふりうり太郎。かねみづ夫婦の人々はよくこそはからひ 給ふ物かな。氷は水(みづ)より生すれども。水より氷はひや やか也。孫(まご)は我(わか)子の子なれ共子よりも孫(まご)はふひん也 然(しか)るにおさなきものを。まゝ母(はゝ)にかけんもほいなければ いかやうにもわれ〳〵そだて侍らんとてうけ取置けり 然間竹斎は。異妻(ことつま)もとめて。年月ふるにしたがひて 竹三郎が母(はゝ)の事をも打わすれ。竹三郎方へも音信(いんしん)。不(ふ) 通(つう)に打過けり。竹三郎は祖父(おふぢ)や祖母(うば)がかいほうにて。全【金ヵ)意味不明】 ははや十五歳になりにける竹三郎おとなしくも。心に 思ひけるやうは。我二さいの時よりも。此年月まで 御かいほうにて。成(せい)長せし御恩(ごおん)いつのよにかはわする 遍き。此上はいかにもして此御/恩(おん)報(ほう)すべし然れば。奉 公(かう)に出ばやとおもへ共今/武家方(ふけかた)の奉公は。一に児(こ) 小姓二にはひき。三に/芸能(げいのふ)四に/武辺(ふへん)。此四つはづれて かなはぬ也。わが身を思ひ合(あわす)るに先かしづらの赤頭。腹の 内(うち)よりねんじや下/地(ち)若衆(わかしう)の所はみぢんなし。ひきは かくじん六方/者(もの)。いかな〳〵ひとりもろくなる知人なし