翻刻
さればにや竹斎の舅殿(しうととの)は。そのかみかけごきにはしをも
かけたるらうにんにて。ぐわんにんぼう九代の/後胤(こうゐん)。朝起(あさおき)
日用のかみには三代の孫(まご)。左官(さくはん)の太夫すさはらのあつそん。
こてへらの嫡男(ちやくなん)。ぼていふりうり太郎かねみすと云
人也。にらみのすけ対面(たいめん)して。右之(みぎの)旨趣(ししゆ)をのべければ。
ふりうり太郎。かねみづ夫婦の人々はよくこそはからひ
給ふ物かな。氷は水(みづ)より生すれども。水より氷はひや
やか也。孫(まご)は我(わか)子の子なれ共子よりも孫(まご)はふひん也
然(しか)るにおさなきものを。まゝ母(はゝ)にかけんもほいなければ
いかやうにもわれ〳〵そだて侍らんとてうけ取置けり
然間竹斎は。異妻(ことつま)もとめて。年月ふるにしたがひて
竹三郎が母(はゝ)の事をも打わすれ。竹三郎方へも音信(いんしん)。不(ふ)
通(つう)に打過けり。竹三郎は祖父(おふぢ)や祖母(うば)がかいほうにて。全【金ヵ)意味不明】
ははや十五歳になりにける竹三郎おとなしくも。心に
思ひけるやうは。我二さいの時よりも。此年月まで
御かいほうにて。成(せい)長せし御恩(ごおん)いつのよにかはわする
遍き。此上はいかにもして此御/恩(おん)報(ほう)すべし然れば。奉
公(かう)に出ばやとおもへ共今/武家方(ふけかた)の奉公は。一に児(こ)
小姓二にはひき。三に/芸能(げいのふ)四に/武辺(ふへん)。此四つはづれて
かなはぬ也。わが身を思ひ合(あわす)るに先かしづらの赤頭。腹の
内(うち)よりねんじや下/地(ち)若衆(わかしう)の所はみぢんなし。ひきは
かくじん六方/者(もの)。いかな〳〵ひとりもろくなる知人なし