翻刻
居(い)たるが。さて〳〵木斎さまの御物がたりは実(み)の入たる
事どもにて侍る也。さだめて師伝(してん)も有事に也
但/自見計(じけんはかり)にて御座候やと云。其時木斎申さ
るゝ。薬にも不_レ限。製(せい)法又は灸(きう)や脈(みやく)には。伝も有
ぬべし。能(よく)々心かけずは。けいこはならぬ事ぞ。長老(ちやうらう)
のまねをせば。一生しらで過ぬべし。大医の弟子(でし)
と名乗(なのり)ても。朔日十五日礼に行て。ま見へたる
ばかりにて師(し)の名を売(うる)ものいくらも有也。大豆(まめ)
部(はち)の身にも覚へ有べし。柳川撿挍は。天下の三味
線(せん)の上手とは申せども。其下の初(しよ)心うちかけ
いかで一/組(くみ)にても直(じき)にならはんや。まづそのごとく
医道(いだう)けいこも。たとへ幼(よう)少より側(そば)に居(い)ても中々
習はるゝ物にてなし。師匠(ししやう)の奉公は。主/君(くん)へつかふま
つるに少もかはる事なし。上手とよばるゝ程の大
医に。隙(ひま)の有はなし。調合の間には草臥(くたびれ)も有
なれば。一ケ月に一/度(ど)も問(とは)はるべきにあらず。是に
御/牢(らう)人。楠(くすのき)政右衛門御座候が積(つも)りても御/覧(らん)候へ
主/君(くん)と師匠は同事なれば主君へ向奉り。我
か用が自由に問れ申べきや。われらも大/医(い)
の弟子に成て。随分(ずいぶん)心がけ侍れ共。しか〴〵なら
はぬ故に。一生かくのごとくの下手にてすぐる
程に。数年/側(そば)に居たると云人の無下(むげ)にあさまし