翻刻
きもかなきぞうし。師匠(ししやう)も数(す)年の奉公の勤(つとめ)と
なじみにて。不便にて思ひゐけん。我/弟子(でし)とて有
付てやりたまへども。役(やく)にたゝぬも多き事也と
亦すぐばけに。一生下手にて。過るといわれたり
楠氏政右(くすのきうぢまさゑ)。ほうひげくいそらして。身がたう福島(ふくしま)左
衛門太夫所に有し時。旦那家中(だんなかちう)の為にしていしや
の吟味(ぎんみ)して。上手と沙汰有よしき聞ては。或二百石
三百石。或四五百石の知行にて。十四五人も段々
かゝへられ侍しに。初は薬もきゝて。扨も上手の
医者御かゝへなされ。家中(かちう)の調/宝(ほ)なりと云廻(いひまわ)る
内に。いつぞの程にか。療治(りやうぢ)もきかで朝の御/膳(ぜん)
の御/相伴(せうはん)ばかりにて。役(やく)に立はまれ也。是は如何した
る事に侍るやと。たづねければ。竹斎/答(こたへ)て云。され
ば何と利根/発明(はつめい)にても。我道は御家なれは
御存知之まへ。御考はつるゝ事候まじ。医道は
曽(かつ)而御存知なくては。評義(ひやうぎ)十分には有まじく候
百人二百人御/抱(かゝヘ)候とも。われこそ下手にて候と
名乗もの侍らんや御取持之衆も下手に候へ共
御抱あれとは御申有まじ。皆上手のやうにばかり
御取なし有べし。禄の大/身(しん)小/身(しん)にもよるべか
らず。高知望むとて。上手とばかり申かたし禄
二百石取ものが。百石のいしやに一/倍(ばい)ままさるべきにも