翻刻
伊丹(いたみ)屋殿の方よりの。薬代酒(やくだいさけ)を。とそ酒となして。さいつ
さゝれつ主従(しう〳〵)のみ。はさむさかなの数(かず)の子を。ぶつき〳〵と
かみしめて。くはつみの台(だい)引/寄(よせ)て竹斎 蓬莱(ほうらい)の。山居なを
せる朝哉(あしたかな) と申さるればにらみの介 不死(ふし)の薬(やく)代/暮(くる)る
永(なが)き日とと主従二人ことぶきいわひ。ゑみをふくみて有
し所に。竹斎がぼんのくぼぞつとして。肩(かた)の上にすこし
おもみかゝると覚て。何かはしらずまろび落(おち)しを。手に
取て見れば猫(ねこ)子の生だち程(ほと)成(なる)男(をのこ)の。年はよのつねの
四十ばかりに見へて。やせこけて色青々としたるが。草
の軸(しく)程なり。竹つえにすがりて。よろぼひたるあり
さまは。只ひなのうざいがきかゆうれいか。乞食かとも意
かはる竹斎はみゝくぢりに手(て)をかけ。にらみのすけは火吹(ひふき)
竹をおつとりのべて立(たち)かゝる。竹斎も申されけるやうは。何(なに)
ものなればかゝるふぜひにて。何方より/来(き)たれるそ。
ありのまゝにとつて申せ。少も異/儀(き)に及なば。忽命を
とるへきとのたまへば。そのとき彼(かの)まめおとこまづ〳〵
しづまりおはしませ。我(われ)は三代/相伝(そうでん)の。貧乏神(びんほうかみ)にて
候が。御子/息(そく)の代まで。つきそひ申/筈(はづ)なれ共。不慮(ふりよ)に
取はつしてころび落(おち)。御目にかゝり申事。かへす〳〵も
残念(さんねん)也。是(これ)までなりやさらばとて。そこを立さり。門(もん)の方(かた)へ
行程(ゆくほど)に。竹斎もにらみのすけも大によろこび。
われ〳〵旅行(りよかう)の時。爰に清(きよ)見が関(せき)にとゞまれと。にらみ