翻刻
其所よりふらんす国の大船二艘私並に同門の者一人宛乗組
水主四十人余程乗呂宋へ参り此所より同門の者一人は唐
の内北京へ参り申候私儀は日本へ心さし参り申候所屋久島
へ着岸仕候に付一人陸へ揚り申候
一船中水払底仕候に付右の沖に而魚取の船を見懸候ゆへ端舟より
七八人乗り水を貰可申と呼懸申候へとも聞入不申陸の方へ漕行
申候に付追付不申候
一私儀屋久島に揚り申候処日本人家につれ行申候其節日本
人四人罷在食事為致候故金子取出し右の為価遣し候得共
早速指戻し申候尤船にて江戸え【江】つれ行く礼候と申懸候へ共
言葉通不申候
一私乗渡候船は屋久島より直に本国へ帰り申筈に御座候
一私の外壱人も日本の地に揚不申候尤私より以前にも同門の者一
人も日本の地へ参り不申候
一屋久島にて右之日本人へ宗門の咄仕聞せ候得共一切言葉通し
不申候に付聞入不申尤薩摩より長崎まてのくかへも宗門の咄し候
儀も御座候得共言葉通し不申候
一日本人の風俗に形を替候儀其所々の風俗をまなひ不申候得は
其所の物笑ひ申候に付日本人の姿に替申候私同門の者今度唐へ参
り候者唐人の風俗にかへ申候
一日本衣類并に刀は呂宋にて求め申候月額【さかやき】は船中にてそり申候
但し呂宋に日本人ども居申候尤日本衣装にて居申候呂宋にて
は日本人居申候所囹のことく成所に一所に参り居申候 【行頭欄外に】囹(ひとや)
一江戸へ参り申度と申候儀は江戸にて宗門を弘め申度心差にて候
故奉願候ろうまの惣司申付候は日本の内何れの国にても随分
法を勧め申候様にと申付候