翻刻!九州大学の書物たち

コレクション: 漂流記コレクション

難船人帰朝紀事 - 翻刻

難船人帰朝紀事 - ページ 10

ページ: 10

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【右丁】    ときて刷毛のこときものにて撫付る男子はサン切女子は後ろにて束ね留りは    櫛にて留也服は日本のこときもあり又猫のこときもあり瀬は脊は六尺して    六尺三寸位女は低く寿命は大抵日本のことく其中適百歳以上の人も有    着用はインキリスに同し 一 右着船後直に船頭ウリヨンヱイチアイツセル〇に連られ橋を渡りてハヤヘブン〇へ   行き宿を取りて貰ひ船頭ハスヨウカ《割書:ハヤヘブンより二百五十里程南|》と云所へ兄弟に逢に   行三十日計逗留し其間に万次郎は宿の女《割書:フイツセル|姉也》に文字を書事を習ふ船   頭は後妻を連て戻り在方にて地をもとめ家作を始る万次郎も船頭に付きて   行手伝して八月中其所に居九月より翌辰三月迄文字の稽古に行夫より   船頭の方の畠の手伝す 一 辰八月頃鯨船より船頭を雇に来り其方へ行く跡の作物等万次郎に預け置   留守は女房に船頭の姉先妻の子万次郎四人に作物の取入も済翌巳三月迄   文字の稽古にかよひ四月より十月迄桶屋へ行弟子になりて細工を習ふ時に   病気付て戻り快気して又手習に行修行す《割書:桶屋師匠の|名ハゼ》 一 午二月迄手習し寺を上りハヤヱブンに測量の師匠ありて日々弁当持て   習に通ふ二た月程又桶屋へ行て一と月程居る又病気になり戻りて船頭の 【左丁】   留守に居る    右フイツセルか船にて捕たる油員数三千樽《割書:四斗入|》アメリカにて売捌右代金    之内銀七十五枚日本弐百二十五貫文一枚三貫文也弐貫は百拾二匁五分と    なる配分して貰ふ 一 同八月鯨船水主に雇に来る《割書:船の名はアカスランケンヒ|船頭の名アイデヘシ》人数廿八人乗艀七艘積入   出帆東北の方へ走る五日目に鯨二本捕十日程してウエシタンと云島へ着船す此島   ポロツカルの支配也此所にて弐本の鯨油を預け置アメリカへ便の節届けくれよと   頼置て出帆し乾の方へ乗出し黒人国の鼻を乗通りシヤカタラ〇の瀬戸をぬけ   未二月頃タイモウツ〇へ着船此所へ三十日程滞船薪水を調へ出帆す    此島はヲランタ〇インキリス〇ボロツガル〇等の支配にて国々の奉行来    り居る也    此所は諸木沢山に生立紫檀黒檀の類出る所塗物細工等も色々    出来る処也諸国人の集る所にて色白き人黒き人赤き人唐天竺等の    人々来り居るを見たり 一 タイモウツ〇より北の方へ乗出しスカフイランの近辺にて鯨漁をなしシヨルメン   アイラと云人喰島と呼ふ処へ懸りす