翻刻!九州大学の書物たち

コレクション: 漂流記コレクション

難船人帰朝紀事 - 翻刻

難船人帰朝紀事 - ページ 11

ページ: 11

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【右丁】    此島山高し人は黒人にて面体より始め入墨して模様とり髪は縮    みたるに白きものをぬり/眉(まゆ)毛の上を赤き物にて塗居る也女は見懸けねは容    貌わからす男子は弓を射る事至て【?】上手也家は柱を四本建て家根は椰子    の葉にて葺き土間の敷ものもせす直に寝起する様子也 一 四月頃此所出帆北の方へ走りギウアノムへ着船三十日余滞船戌亥の方へ走り琉   球へ船懸りし艀をおろし船頭に水主五人万次郎都合七人乗りて上陸す琉球   国役人体の人浜へ筵を持せ来敷て座し応対すれとも言語通せす百姓とおな   しきもの四五十人計り来り其辺に居る其日八つ時頃役人らしき人より牛弐疋ひかせ   来送る船頭ゟアメリカ木綿十五尋ツヽ弐人の役人へ返礼に送り船へ帰りて牛   を殺し食用す 一 同五月頃同所出帆東北の方へ乗出し日本の海にて鯨漁を成し北の方へ走り又   申の二月頃キウアノム〇へ着船時に船頭は三月始より病気《割書:狂乱体の|病気也》に付ムネラ〇   と云所にアメリカの役人来て居るに付其所へ行此容体にては漁業出来さるゆへ   其訳をいふて役人へたのみ船頭はおろし置おやち役の者船頭になり万次郎も鯨突   になりて六月此所出帆す    ムネラ〇はイシパニシ〇の支配にて大港也諸国の人々集る処也軍艦并蒸気船 【左丁】    なとも大分繋き居る也 一 同七八月頃日本東海鯨漁に来り日本鰹漁船を見請万次郎船頭に告けて   日本の着用をし船より出て釣舟に近付何国の船そととへは欧州仙台也と答ふ   万次郎土佐の方へ行く事なるやといへは不知と答ふ夫艀にて菓子なと持て漁船へ   遣し物語しかゝれとも一向わからす夫より本船へ戻り日本へ帰しくれよと相談すれ共   船頭聞入れす其時奥州船は二十艘程も寄集りて衆評する様子也夫を見る   〳〵東の方へ乗行 一 申十月頃ウワフ国へ着船直に上陸し日本人四人此所に居るかと尋るに壱人居る   と答ふ万次郎尋行見れは寅右衛門大工の弟子になり居る万次郎に逢へとも   七ヶ年も逢さるゆへ見忘れたる様子也我は万次郎といへは驚て大に悦ひ連立て   宿へ行互に無事を悦ひ跡三人のことをとへは重助は先年病死し伝蔵五右衛門は助   られたる船頭の世話にて船便をもらひ日本へ渡たとて不居合彼是する内に日   数廿日程過たり時にアメリカ船入来り日本人二人乗居る由聞へけれは万次郎   艀にて行見れは伝蔵五右衛門へ伝蔵云には日本へ帰る筈にて蝦夷沖まて送りも   らひ上陸せし処日本人とも皆々逃去つて逢ふこと能はす詮方なく立戻り船頭に   其なりを咄し何卒此所に上け置貰ひたしといへは人なき所におひては本意ならす