翻刻!九州大学の書物たち

コレクション: 漂流記コレクション

難船人帰朝紀事 - 翻刻

難船人帰朝紀事 - ページ 13

ページ: 13

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【右丁】   寅右衛門に逢はせ委敷聞けは紀州日本郡の廻船天寿丸沖船頭寅吉水主   十三人乗にて江戸へ行き今戌正月江戸を出帆西北の風に吹流され檣吹折られ   楫をいためヲロシヤ〇の近辺迄漂流したる所■三月アメリカ鯨船に助られ居   なから鯨漁をして廻る内類船三艘見付寄合て漂流人ともをわけて二艘へ四人   ツヽ一艘へ三人一艘へ二人のせ二艘はウワフ〇へ来り四人ツヽ乗たる船はヲロシヤ〇の内ピタ   ポランシカ〇と云所へ八人はおろしヲロシヤ〇の役人へ預け置右役人分いふには日本へ   渡海する船に乗せ送らんと物語するに付万次郎ゟ日本へ帰国のことをいへは   五人の者一所に帰らんといふ折節本唐へ行船入/津(ツ)の便を乞もとめ伝蔵五右   衛門を呼に来やう遅く其内に右舟は出帆し其跡へ両人来り間に逢さるを   /互(タガイ)に残念に云五右衛門は又本の在へ行伝蔵は最早帰る期に至り働ての事は   なしとて万次郎一所に居る紀州の人は右の船に矢張居る所へ又アメリカの   鯨船油を積来り右油を同国の商戦に関移し直に唐へ渡るといふを聞   右船の用の桶を万次郎拵る筈に受合一日賃銀三枚宛の定りを弐枚にして   遣すにより紀州の五人土州の四人都合九人を唐迄乗せられ候様約束し仕   事を仕廻用意の食物等調へうけ支度する内船頭より毎日万次郎に仕事を   いたさせ臨時に三日働船頭へ賃の催促すれは得不遣といふ互に争論に及ひ 【左丁】   万次郎は立服して陸へ帰る其後道にて船頭より何として仕事をせぬそといふ   により無賃にては得をぬと答ふさすれは便船をさすことならぬといへは然れは   乗せて貰ふに及はす乍去紀州の五人は為乗呉度と慥かに頼み土州の者は   やめて残り居れり夫より万次郎船問屋へ行若本唐行の船入津せは為知に   預りたしと問屋の世話するものに頼置けれは十日程過アメリカ〇の商船本唐セン   ハイ〇と云所へ茶を積に行船懸水主を雇に来ると云万次郎右船頭に対面し   便船を乞置て跡三人を連に行五右衛門を呼に遣し寅右衛門へ其由をいへは寅右   衛門いふには何国にて暮すもおなし事故此所にて大工して暮すと云実は先   達て伝蔵五右衛門鯨船の便に日本へ帰りけれとも又連戻られたり此度も其通り   ならんも知れすといふて居残れる也右の訳に付三人の者便を乞其節万次郎   ゟ船頭《割書:名は|フイツモウ》へ申には我等船中の働は如何様の事もいたせとも賃銭貰ふに   及はす二人は船中のこと不得手なれとも我無賃のかわりに何卒二人を琉球国まて   乗せ下さるへしと云也其時船頭あやぶみ万国の図を取出し見て日本渡海   の道筋にて随分着らるへけれとも着日和あしき時は着ことならすと云に付然らは   伝馬を整へ申に付積込呉て琉球の下手へ見る所迄乗せて行其所ゟ伝馬をおろし   呉られは三人乗組て漕着んといへは船頭承知して為乗行