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の土(ど)に都(みやこ)を定(さだ)め国(くに)を徐伐羅(ぢよはつら)と号(かう)し。朴(ぼく)昔(せき)金(きん)の三 姓(せい)相伝(あいつた)へ知證王(ちしようわう)癸未(きび)
の年(とし)国(くに)を定(さだ)めて新羅(しんら)と号(がう)し。太宗王(たいそうわう)の庚申(かのへさる)に百済(ひやくさい)の地(ち)を合(あは)せ文武王(ぶんぶわう)
戊辰(ぼしん)の年(とし)高勾麗(かうこうらい)まで。一統(いつたう)すべきの唐(たう)の封(ほう)を受定(うけさだ)めて敬順(けいじゆん)が高麗(かうらい)に降(かう)
をなすまで。朴氏(ぼくし)十 王(わう)昔氏(せきし)八 王(わう)金氏(きんし)三十七にして年(とし)をかぞふる事(こと)。九百九十二 年(ねん)
王世(わうせ)五十五 王(わう)にして新羅國(しんらこく)は亡(ほろ)びにけり。
高麗(かうらい)盛衰(せいすい)《割書:并(ならひに)》李成桂(りせいけい)位(くらゐ)を竊(ぬす)む事(こと)
高麗(かうらい)の大祖(たいそ)全(まつた)く新羅(しんら)の乱国(らんごく)を平(たいら)げ三韓(さんかん)の旧地(きうち)を一統(いつとう)し世(よ)をつたふること
爰(こゝ)に三十二 王(わう)ともに四百七十五 年(ねん)の歳(とし)をへたるも其後(そのゝち)権臣(けんしん)李世桂(りせいけい)が為(ため)
に其国(そのくに)を奪(うば)はれたり。第(だい)三十一 代(たい)恭愍王(けふみんわう)が本性(ほんせい)其始(そのはじ)め令名(れいめい)世上(せじやう)に聞(きこ)ゆと
いへども。中年(ちうねん)に至(いた)つて其志(そのこゝろざ)しいつしかくじけ我意(かい)をふるまふところより親族(しんぞく)