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でに帰国(きこく)の趣(おもむ)きを告(つげ)て返翰(へんかん)を請(こ)ふと雖(いへ)とも。秀吉(ひでよし)の来書(らいしよ)の辞(ことば)甚(はなは)だ倨(おご)り
て今(いま)天下(てんか)我(わか)一握(いちあく)の中(うち)に帰(き)する等(とう)の語(こ)あるを見(み)。朝鮮王(てうせんわう)これを不快(ふくわい)に懐(おも)
ふの故(ゆへ)。但(たゝ)其書(そのしよ)を報(ほう)し通信(つうしん)のことにおいては。水路(すいろ)はるかにしてつねに使(つかひ)を遣(つかは)
しかたしと云(いふ)をもつて。聘使(へいし)の事(こと)をばゆるさず。康廣(やすひろ)かへりて右(みき)の趣(おもむ)きを報(ほう)
ずれば。秀吉公(ひてよしこう)大(おほい)に怒(いか)り給ひて遂(つひ)に。康廣(やすひろ)を誅(ちゆう)し其刑(そのけい)一族(いちそく)までに及(およ)へり
とかや秀吉公(ひでよしこう)康廣(やすひろ)が罪科(さいくわ)さして。誅(ちゆう)すへきにはあらさるを何(なに)の故(ゆゑ)あつて。
其罪(そのつみ)一門(いちもん)に及(およ)ぶにやと其(その)意趣(いしゆ)をさつするに康廣(やすひろ)か兄(あに)康年(やすとし)は足利家(あしかゞけ)
の時代(しだい)より。幾回(いくたひ)か朝鮮国(てうせんごく)の遣使(けんし)として往来(わうらい)し。彼国(かのくに)の職名(しよくめい)まてをも受(うけ)
たりし者(もの)の末(すへ)なれは多(おゝ)くは今(いま)その述(のぶ)る所(ところ)の語(ご)の中(うち)にも朝鮮国(てうせんこく)の荷担(かたん)する
の下心(したごころ)の有(あり)けるにや。また秀吉公(ひてよしこう)の心中(しんちう)に往々(ゆく〳〵)は朝鮮(てうせん)へ軍(いくさ)を出(いだ)さんの。謀慮(ほうりよ)